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サイパン/チャモロダンス(Pen)
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由もないが、高齢者の彼らは概ね日本語が話せるのにちょっと驚きました。
戦前の日本統治時代に現地人のために、日本語、日本文化を帝国臣民に同化さ
せる教育がなされたはずです。その教育の一翼を父は担っていたことになるでし
ょう。
そのことによって、70歳以上(僕が行った当時)の人たちは、軍歌をはじめ日本の
戦前、戦中の歌をうたえ、かなり流暢な日本語が話せる場面に遭遇しました。
ホテルに着けるタクシー運転手はチャモロ人が多く、乗り合わせた車中での会話
で、「子どもの頃、学校では教育勅語を暗唱させられてたし日本の童謡なども唄っ
ていたよ。戦争でいろいろ大変だったが、日本の教育を受けてありがたいと、今で
も思っている」と、自慢そうに話してくれる。
この植民地時代の同化政策(教育)が、現在のチャモロ人の日本人に対して親切
で贔屓にする気質につながっているのは、まちがいないと思っている。
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