2012年10月27日土曜日

ドタさんの出版記念会

アラスカ/朝日新聞社店於いて(2012・10.26)


今夕あるドタさんの出版記念会のことで、朝からスカイプ・グループ打ち合わせに
なった。追加の出席者、欠席者の事情、会場の備品をめぐって、、、等など。
便利な手段ができたものだ!

土田憲さんの『波濤を越えて―堀江謙一をめぐる半世紀』(言視舎・刊)出版記念
会が、朝日新聞社のなかにあるアラスカで催された。
オープニング前から旧交をあたためる人で盛り上がっていた。
今年は、1962年「太平洋一人ぼっち」の単独航行から50周年。
ドタさんは、1993年から2009年まで佐治社長(サントリー)の要請を受け堀江謙一
氏の5回の航行をサポートしたのであった。そのプロジェクトの舞台裏など、エピ
ソードを交えながら、1962年の最初の単独航行を振り返った。
出席者:元suntory宣伝本部長Wk、元共同通信ロス支局長Se、作家Kk、東海
大学海洋学部名誉教授Kh氏等に電通の仕事仲間、朝日新聞、毎日新聞マスコ
ミ関係者、、、。発起人で杉山、古谷、小澤に、松尾T氏等。

最初に発起人を代表して挨拶させられた。
本日は、土田憲さんの「波濤を超えて」出版記念会に多忙のなかよくお集まりい
ただきました。本日のこの会の出席は40名です。元電通副社長・松本宏氏もい
らしておられます。この会場の周辺はデンツウ村とも言われる所、なつかしく来場
された方もいらしたのでは…。
さて僕とドタさんとの出合いは25年前に始まった「カビ」付合いデス。そう、梅雨時
のカビです。カビキラーのジョンソン企画を、ドタさんとここに出席のエディターの
古谷君コンビで実現できました。電通健保で7千冊買上てもらえたよき時代でし
た!
ドタさんは90年代に入ると本書「波濤」に書かれている通り堀江謙一ヨット単独
航をサポートするグローバルプロデューサーとして活動されたのは、ここにお集
まりの皆さまの知るところです。
処女出版ですが、サントリー学芸賞/社会・風俗部門を狙ってみてもいい作品
です。是非とも皆様の周辺関係者にお勧め頂きたい。
本日の会へサントリーさんからお酒の差し入れをいただいています。旧交をあた
ため、ゆっくりご歓談ください。
僕が代表をしています<大槌の風>ご支援もよろしくお願いします。

2012年10月24日水曜日

おおつちさいがいエフエム

 



NPOぐるっとおおつち・おおつちさいがいエフエムのチーフ・Asさんとドライバー・
Uy君と立川で長4時間におよぶ 懇談ができた。
機会をつくったのは、6月に大槌町へ一緒に出かけたSm女史で、災害時の食糧
備蓄について取材を受けるので同席しないか というコトからだった。
Asさんは神戸で震災をを経験し、大槌へボランティアで入り今ではそのまま定住
して支援活動をつづける剛の女性に見うけた。
遅遅として進んでない大槌町の復興の要因に町民意識の温度差の表れをあげ、
住居問題、高台移転の賛否をめぐって、的確な見方を聞かされ助けられた。
彼女は神戸へ休暇帰りに取材をかねて、わざわざ高速道を途中下車して来てく
れたのだ。
車には大槌湾で採れた海産物から手芸物を積み込み、支援カンパの要請もあわ
せてあった。これらを、Smさんは雑穀愛好仲間へ勧めるのにまとめて仕入した。
お互いのアッウンの呼吸に感動した。
頂いた手作りの「酒入り」饅頭がなんともいえない美味しさでした。

2012年10月23日火曜日

都電早稲田車庫のころ

早稲田車庫・三ノ輪行き


都電、雑司が谷駅近くに、上京後住んでいる中学時代の絵友達から連絡があった
ことで、路面電車を思い出した。
都電は、現在東京には早稲田から三ノ輪までの「都電荒川線」一本しか走っていな
い。
その始発駅、早稲田車庫前の裏手に神田川が流れていて、側面の小さなマンショ
ンに結婚して最初に住んでいたことがある。
当時は、網の目のように東西南北に無数に走り回っていました。
古くから早稲田の裏門側に住んでいた大学で同学年だった女友Nmが言うには、
青山の高校へ通学は、都電早稲田車庫前で乗って、江戸川橋経由で九段下で乗
り換えて渋谷行だったと。学校帰りは、渋谷で映画をあさり、また、千鳥が淵で花見
して、路面電車のギィギー、ガッタンゴットンゆられての牧歌的自由時間の雰囲気
だったと聞いている。
僕自身の都電体験は、60年安保闘争のとき毎日のようにデモがあって、車庫前か
ら一両を貸切状態で、目的地の国会議事堂近くの集会場であった日比谷公園や、
清水谷公園へデモ隊を繰り出していたことである。53年前のこと。

2012年10月22日月曜日

次に 何が、できるのだろうか



大槌駅前から(2012・6影)



震災後7ヶ月以上が経過し、ブログで色々言葉をを紡いできてひっかかっている
ことがあります。
使う言葉においても、3・11大震災に被災した者と、そうではなかった者がまぎ
れもなくいることです。その時、僕は地震を身に感じ、三陸に押し寄せる津波と、
続けてタテヤが崩壊した原子力災害を映像で見たのであるが、それら全部を震
災と言うとき、「被災」したかどうかの区別がつかなくなるときがある。
僕の場合、義娘とその母親、祖母が大津波で消息を絶ってから生存が判るまで
10日間の捜索があった。その時の心象風景がこの戸惑いにあるように思える。
言葉を読み取ってほしいもどかしさの発露でありす。

近々、特定非営利活動法人<大槌の風>の登記が完了します。
第一義的活動と設定して取り組んできたところの、大槌町のこどもとお母さんへ
ほんを届けることについては、第一段階の目標を達成することができました。
森の図書館を主宰する佐々木さん御夫妻は集まった本の整理に追われている
のが現状です。この早い達成はマスコミ関係者の呼びかけによるところ大です。
やり残しというか、いまから、組織的にしっかりしたところで取り組んでみたいこと
が未だまだあります。
僕の友人・知人の演劇人、先生のなかに、本の読み聞かせや交流で被災地を訪
ねている者がおり、今後、大槌へも行きたいと申し出てくれています。

2012年10月20日土曜日

業界紙を読む





今日、機会あって「新文化」「図書新聞」7ヶ月を分まとめて入手し、半日かけて通
読しました。日頃も、二紙の主だったニュースは、ネットで拾い読みしていますが、
やはり本紙でゆっくり読めるのが肌に合っているようだ。
一時間半かけて週に一、二度の都心入りとなっている現況での、出版業界の情
報源は定期購読の「日経」と「文化通信」に、上記二紙から得る比重が大きくなっ
ています。
トーハンの人事をめぐる真意、丸善書店とジュンク堂書店と文教堂グループの一
部が帳合変更した経緯、明屋書店の帳合言えば日販だったが、トーハンと資本・
業務提携したニュース、被災地東北の復興レポート、吉本隆明追悼特集、教科書
・学習系出版社の電子戦略を語った知人(味噌造り仲間)のSy専務のインタビュ
ー等など、遅ればせながらより深く知ることができました。
僕の4月の会の発起人になっていただいたトーハン近藤副社長のことは気になり
ながら、直接聞けもせず激励も出来ず、気をもんでいたところ、一番リーダーシッ
プの取れる立場に落ち着いたのが良かったと思っているところです。東北被災地
の書店への積極的支援について、地元書店人は心強い支えとしている。

2012年10月19日金曜日

手拭買って、郷土芸能復興を応援!

大槌稲荷神社



「日経新聞」の「被災前の風景 手拭に残す」の見出しが目に飛び込んできた。
人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる蓬莱島や、浪板海岸でサーフィ
ンする若者、山と松を描いたくじら山、、、東日本大震災前の大槌町の懐かしい風
景をデザインした手作りの手拭を作り販売している記事だった。
僕もこれまで被災直後から、真赤な灯台がなくなった蓬莱島、波板観光ホテル・サ
イドの松林が失せた片瀬波の海岸(海水浴場)、森の図書館の裏山に眺望できる
鯨山を悲哀をもって見てきたし、その写真を多く撮ってきました。
オリジナル手拭を作る阿部恵子さんは、大槌町の自宅を失い盛岡で暮らしながら、
この販売資金で郷土芸能「安渡大神楽」の山車を入れる倉庫を再建するために一
念発起されたようです。
この前訪ねたとき、安渡の岬の高台に津波被害を免れ緊急避難場所になり炊き
出しをした大槌稲荷神社に、舞台もあって大神楽を撮った写真を拝見したが、この
芸能保存会のことであろうか。


浪板海岸と鯨山尾

2012年10月18日木曜日

新味噌開封!




昨年初めて仕込んだ自前味噌がを使い切ったので、今年二月に再挑戦した新味噌
を開封しました。
新味噌を早速、野菜たっぷりの味噌汁でいただいたところ、最高に美味しかった!
これまで食してきた味噌が底をついたから、新味噌を開封しがちょっと早かったかな
と不安になり、味噌作りに誘ってもらったOkさんにメールしてみた。
直ぐに次のような返事があって安心した次第です。


9月頃から食べ始める人もいます。
天地を返してから、
1/3位を取りだし、
後は元のようにふたをしておき、
無くなったら食べるようにしたらどうでしょうか。
昔は味噌蔵があって、
時々取り出しては、残った味噌樽に円錐形に盛り上げておいたのを覚えております。
味噌を売っているところでも円錐形のふたをしてあったものです。