2012年6月15日金曜日

大槌行き3日目(その2)


安渡の仮設住宅集会場

<大槌の風>会員のS増田さんの仮設住宅集会場で茶話会を催うすお婆たちへの聞き取りの連載2回目をお届けします。被災地の写真は多く見られるが、傷心を開いて語り合ったものは未だ非常に少ない。
被災の小国ヤスさんたちが入居する仮設住宅は、正門の桜が満開の旧安渡小学校の校庭に施設されていた。

聞き書き・被災地からの風「大槌の風」2   2012.5.9~12

生きるための志しの高さ
 翌11日、安渡第二仮設住宅の「生協ふれあいサロン」では、十数人の女性の方方が生協の職員の指導のもとでストレッチ体操をし、弁護士による財産にかんする話を聞いていた。このサロンでは生協の方のご協力で電気炊飯器を借りて「五穀米」を炊いて、みんなで試食しながら話を聞こうと思っていた。今回、現地でお会いした方に手みやげ変わりの持参したのは、「五穀米」と称する米に雑穀四種類の入った穀類と、エゴマ製品であった。

安渡第二仮設住宅にある電気炊飯器は初めて使うものだということであったが、「五穀米」はうまく炊けており、さて、椀に盛るか、おにぎりにするかと思ったら、椀もなく、サランラップもない。ある人の発案で、お茶用の紙コップで食べようということになり、箸と思ったら、これもない状態。「ツマ楊枝があるから、それで食べよう」という。たて長の紙コップに入れた五穀飯を短いツマ楊枝で食べる! 私のうちなる心は「うーん」とうなるばかりであったが、7人ほどの住民の方たちは食べ始めている。「現地に入ったら、現地に倣え」というフィールドを仕事にするものの鉄則を思い出し、私も食べ始めた。近所の方の家で炒って磨ってもらったエゴマをかけ、エゴマの葉っぱ味噌をオカズにして。
この小さな私にとっての体験は「あるものはなんでも利用する」「できることはなんでもしてもみる」精神の強さは、仮設住宅に住む人たちには日常茶飯事であったに違いない。この人たちの全身には「生きることに文句があろうはずがない」世界があったように思った。
しかし、それだけでは終わらなかった。「五穀米」の飯のオカズにした「エゴマの葉っぱ」をみんながおいしい、といい、小瓶入りの葉っぱ味噌が「もっと、ないの」という。辛みを帯びたこの味噌は雑穀の飯によん合うのである。持参していた「エゴマの葉っぱ味噌」とやはりエゴマのドレッシングを差し出した。もともと、エゴマ食品も五穀米も義捐金で購入して持参したものである。私は差し上げるつもりであったが、人数分がないため、迷っていた。それぞれほしい人が「大丈夫、買うから」と買ってくれた。そのとき、思いもしない声が飛んできた「そうよ、買うべきよ。もう、なんでももらう時期は過ぎたからね」前日、私を誘ってくれた小国ヤスさん(昭和6年生まれ)の力強い声であった。被災した時からの暮らしの一端が見えるようであった。こうして1年2カ月が過ぎた今、支援を受けるのでなく、自分たちの足で立つ意識の表明であった。小国さんの言葉を聞いて、なにげなくソッポを向いたのは涙がこぼれ落ちそうだったからだ。「この誇り高い言葉!  こんなに強く、生きられるのか」。
                            (S増田・記)

2012年6月13日水曜日

大槌行き・7日目



波板観光ホテルと民宿サトウのこと。
今回の宿泊先は、初日から大半が釜石のホテルだったのであるが、最後の二日間
は土曜日と日曜日にあたったため、大槌町の民宿にお世話になった。
一日目は、佐々木さんと一献交えながら森の図書館の開館を祝したのであるが、そ
の際、当民宿のご家族に津波による被災者があったことを小耳にした。
が、民宿の女将の振る舞いが爽やかで、地産の野草や餅つきの食に関わることか
ら女学生時代の街並みの様子などの話に及んだので、いまある不幸について重き
が無くなっていたのだった。
いよいよ東京へ帰る朝、食事を済ませ自動車に荷物を積み込み帰り支度をしてい
る時、庭先に出ていたご主人にそれとなくお悔やみを言った。信じられない話に耳を
傾けることとなった。
民宿サトウから、大津波で崩壊したままの波板観光ホテルが目と鼻の先の松林に
透けて見える庭に、無造作にビール瓶ケース台に花とビールと酒の空き缶がのせ
られていた。宿泊客が浪板海岸を眺めながら一杯やった残骸かな とおもったので
あるが、そんな牧歌的風景ではなくて、津波にさらわれた行方不明の31歳の息子
さんと毎日対話しているのだと淡々と語られた。
息子さんは消防士で、津波で溺れかかっている波板観光ホテルの従業員らを、他
の二人の消防士と国道からホースを使って救助にあたっていた。一人は引っ張り上
げたが、さらに流されているのを見て自らホースを伝って救出に向かったが、どっと
濁流が押し寄せ飲み込まれたのだろうか、行方不明になってしまった。合掌。
浪板海岸は、寄せる波しかないことで有名で、きれいな松並木と長く続く砂丘が、海
水浴やサーファー、キャンプ客を呼び寄せる人気のスポットであったが、賑わいを取
り戻すには時間がかかるでしょう。

消防団員数は岩手・宮城27市町村のうち、被災前後の減少増減率を見ると、大槌
町が最も高く9・4%減で、211人から20人少なくなっている。

浪板海岸(1012・5・14撮影)



2012年6月11日月曜日

日本とドイツの学生がサマースクールで宮古・釜石へ


友人でグリム童話、魔女研究家のY西村女史から、日独学生50人前後で三陸
復興支援で9月上旬に足を踏み入れるとの情報があった。
僕への要請は、まとまった50人規模の人数が宿泊できる施設の確保ができる
のかという判断と、支援をサポートする現地組織の状況把握でした。
以下の様うに助言した。

大槌町には再興した民宿が数軒あるが、通常日は復興作業員の優先で難しく、
釜石市、宮古市にしても、今から予約しないと、やはり満杯だろう事を伝えた。
また、寝泊りだけであれば、集会場、神社境内なども交渉しだいで承諾が得ら
れるのではないか とも、、、。僕は、何度かの大槌入りで、被災地の方と知り
合い、関係も密になってきているので、できる事で協力していきたい。
サポート体制は、こと大槌町について、岩手県災害ボランティアセンターのほか
幾組かのNPOが有効に機能しているとおもわれる。
しかしながら、訪問地が、宮古市(田老)、釜石市が中心のようで、そうなると、
被災地におけるボランティアのスタッフを直接には知り及びませんが、広く活躍
している遠野市のNPO・まごころネットに相談すれば、大概の事についてサポ
ートしてくれるでしょう と。

さて、日独サマースクールの目的は、専門家や市・町長さんたちの将来計画も
含めて、再生可能エネルギー問題やエコ・シティ計画、津波対策などについて
意見交換 と言われている。

他に、日本版メルヘン街道(グリム童話にちなんだドイツ・メルヘン街道)の提
唱。ルートは、花巻から遠野~釜石~大槌(ひょっこりひょうたん島・蓬莱島)が
構想されており、岩手県立大学の米地文夫名誉教授からのお話を予定。
NPO大槌の風、でも、蓬莱島と日本の裏側のMマーメイド島(ガラバゴス諸島)
を姉妹島にして、被災地のこどもたちとガラバゴスの小学、中学、高校のこども
たちが友好で結ばれる夢のアイデアの実現に向けて関係者に促進しています。

さらに、メンバーは幼稚園や小学校(多分、今回は釜石市が中心)を訪問し、
図書の寄贈と子どもたちとの交流。
学生たちはグループ別に、被災地の方と懇談・インタビューし、それをまとめて
発表する。
同行する日本マッサージ連盟の方が、ボランティアで現地に方々にマッサージ
を施す。とかとか、、、のようです。

これらの事を、森の図書館主宰の佐々木さんに伝え、宮古市と釜石市に挟ま
れた最も被害甚大で復興儘ならない大槌町と、この度の日独サマースクール
メンバーの支援活動と接点がもてないか追求してみます。
さらに、碇川町長と協力関係にある佐々木さんですので、確とした具体的な要
請があれば対応します。
森の図書館にグリム・コレクションを作ることも一案ですね。よろこばれますよ!

MALT'SMermaid(ドタ撮影)


2012年6月6日水曜日

水曜正午会 のことなど

白井T(4・7の会)

6月から活動の拠点を NPO大槌の風 に移したので、都心に出るのは久しぶりだ
ったが、定例食事会、すなわち水曜・正午会に参加した。
長く続く水曜・正午会には、幾多の変遷の歴史がある。
そもそもの発端は、駿河台下にある白水社の近くに洋泉社が移転して来て隣組に
なったことで、友人・白井君(当時、営業部長)と早朝の始業時間前の時間つぶしに
ドトールコーヒーで過ごしていた。そこに、通勤途上の森さん(三省堂書店)と渡辺君
(当時、ミネルヴァ書房東京所長)が加わってにぎやかな朝活になった。
今では、場所は三省堂書店地下のHに移したが、毎週水曜日に参集するメンバー
の顔ぶれが入れ替わり多彩になってきている。
(どうぞ、オープンな昼食会ですので、ご自由に参加ください。)
今日の話題は、年長者が多かったせいか、不用のモノを捨てる技術の披瀝で盛り上
がった。僕も、会社から私物を自宅に持ち帰った直後のことで、思い切った処分に踏
み切る参考にさせてもらった。
さらに、このたびの、トーハントップ人事をめぐっての憶測が乱れ飛んだのであるが、
過日から、近藤社長の動向が業界から洩れていたので、本当なのかな、、、と危惧し
て穏やかでいられなかった。
就任して未だ二年だし、政界の首挿げ替えではあるまいに、中期の展望で応援した
いところ。近藤さんは副社長ということだが、一押ししてきた高見真一氏がこれからの
中枢事業を担う役員で新任されたことが良かったように思える。
近藤さん、まだ若い。踏ん張って飛躍してほしい。
山崎会長、近藤社長は、陣頭で東北の震災書店の復興を早くから親身になって応援
してきた。とりわけ、大槌町の一頁堂書店木村店長からは、その恩義に応じ報いるた
めにも軌道に乗せたい と聞いてきた。

【日々の一口メモ】
6/5(火)*S牧より、「NPO大槌の風」を
        刷り込んだ封筒が届く。支援
        として、ありがたく頂戴する。
       *朝日新聞夕刊(6/4日付)
        を見て、森の図書館へ児童書
        を寄贈したい問い合わせが相
        次ぐ。

2012年6月5日火曜日

6・4朝日新聞夕刊に 大槌の森の図書館が

朝日新聞夕刊(M国吉記者)
大槌町の佐々木格さんが長年かけて築いた石の小屋を、森の図書館として開館
した経緯を報じる記事が全国紙・朝日新聞夕刊に出た。
自宅で整理事などしていたところ、洋泉社の高野、仕事仲間の小澤、友人の白井
君、そして大槌の佐々木さんから、朝日新聞をとっていない僕にたて続けにメール
と電話があった。
5月に大鎚を訪ねたときに、被災したこどもさんが母親に連れられて訪れ、ソファ
ーやじゅうたんのうえで、絵本『ピン・ポン・バス』を楽しみ、130巻揃ったグイン・
サーガ(栗本薫ハヤカワ文庫)に魅入っているお母さんをながめ、5千冊、1万冊と
充実させたいと心して帰ってきたのだった。
国吉記者の佐々木さんのおもいを伝える、「将来を担う子の感受性を育むことが、
老いた私に出来ること」、「戦後の焼け跡のような被災地だが、文化の香りがない
ところに発展はない」 との結びに、同感だ。
この全国紙の記事に共感して、こどもたちに今から永いながい年月を超えて読み
継がれる本が届けられることを願っています。
NPO大槌の風の活動は、やっとその緒に着いたばかりです。

【日々の一口メモ】

6/1(金)*HT行政書士と東京都へ提出書類
の最終確認、了。

6/2(土)*5歳になったばかりの孫が、初めて
生きもの・金魚を飼う。

6/3(日)*息子(ピクト走友会)が横田EKIDEN
に参加するので、応援に出かける。
5㌔×4人レースで7,000人参加の賑わい。
洋泉社社員参加の25年前の立川マラソンを思
い出した。お互いの完走を称えて立川駅前玉河
で飲んだビ-ルは格別だった。

6/4(月)*℡&メール:ドタ、小澤、白井、柳田、
佐々木、国吉、牧、鎌塚、暁、S増田、春、祥


6・3横田EKIDEN


2012年6月3日日曜日

大槌行き・6日目

ひょっこりひょうたん島(5・12撮影)

縁あって、大槌町の吉里吉里(浪板海岸)とひょっこりひょうたん島(蓬莱島)は
数十年前から知っていた。
浪板海岸は50年前に陸中海岸を旅したときに、未来社から刊行されていた『吉
里吉里善兵衛』の吉里吉里が妙に引っかかっていて、電車を途中下車して海岸
で遊んだことが忘れられない。
そして、ひょっこりひょうたん島は、7年前に義娘の家族と波板観光ホテルで初
顔合わせをした時に、御祖母ちゃんが指差したところに真っ赤な燈台が映えて
波間をちゃぷちゃぷ漂うかに見えた。
縁は奇なり で、このたび、この島と地球の裏側ガラバゴスのイタバカ海峡に在
る松をマングローヴに変えたばかりの形、大きさが同じ、ISLOTE MALT’S
MERMALDを姉妹島にしよう という素晴らしいアイディアが、我が友人ドタさん
から浮上しています。
震災で大津波のあった大槌のこどもたちと、人口比でこどもたちが多いガラバ
ゴスと友好が実現されれば夢物語ができます。
この話のとば口にしたいおもいで、大槌町復興町づくりに献身的に取り組んで
いるT阿部さんにお会いした。これからも足をはこぶなかで、少しずつ前進でき
ればいい事案の一つです。
東京に帰って、もう一つの奇遇があった。
ドタさんの紹介で、特定非営利活動法人・ピアサポートネットしぶやの理事長・
Y相川さんに会って大槌町への支援活動の話を聞くことができた。
そもそもは、教育関係の地域ボランティア活動に精力的取組みをしてきた組織
らしく、この震災では、高校生を集団で大槌へ派遣して、労働と被災した同世代
との交流で人と人との絆を深めてきている。
この間の、僕たちの子供たちへの本送り、被災者の聞き取り調査について活動
をしゃべったところ、教育者らしく聞き取りの記録を活字で残す貴重性に強い関
心を持たれた。何らかの形で連携できることを期待したい。


2012年6月2日土曜日

洋泉社・退任慰労会

5・31の会(響にて)
1984年12月1日の北風が吹きぬける早朝 地下鉄神楽坂の階段を駆け上っ
て初出社した日のことが、昨日の事のよう記憶として鮮明に蘇る。
草創期3人で出発した洋泉社であったが、昨日の僕の退任(顧問)慰労会に出
席してくれた社員は30余人に及んでいた。
一番最初からのメンバーは、誰もいなくなって一抹の寂しさを感じるが、30年弱
の歳月が流れ、若い世代に代わって成長する洋泉社をおもうにつけ、良かった
かなとの感慨に浸れる。
僕が阪神タイガースのファンであることに託けて、社員が粋な計らいをしてくれた。
タイガース公認の、背番号1の鳥谷選手(羽村出身)のユニホームを贈ってくれた
のです。
それに、皆が泣かせる寄せ書きをしてくれた。社員一人ひとりが目に焼きつく。

*いろいろありましたがありがとうございます。これからも未だお願いいたします。
*(体調不良で出席が叶いませんが、手紙を書きます と)
*長い間、ほんとうに長い間ありがとうございました。
*洋泉社は永遠です。
*一書入魂。
*これからも山登り楽しんでください。
*いや本当にお世話になりました!
*長い間お世話になりました。
*老猶益々盛。
*入社してからずっとお世話になりました。ありがとうございました。
*朝の会 三ヶ月 楽しかったです。報告が楽しみでした。
*かわいがって頂きありがとうございました。
*実れば実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
*私も権力に負けません。
*Carp優勝!!
*藤森さんと石井さんに面接をしてもらったときの恐怖、いまだに覚えています。
こらからのご活躍に期待しています。
*どうもありがとうございました。またお目にかかれる日を楽しみにしています。
お元気で!
*四年前に採って頂いてありがとうございます。洋泉社に入れたことを心から
感謝しています。
*いつか羽村におじゃまさせて下さい。御疲れ様でした。スキューバー私もやり
たいです。
*取次・書店で藤森さんの話がよくでます!自分もそうなれるようにがんばります!!
*反権力!ふじもり(マンガ)がんばれ
*みじかい間ですがお世話になりました。
*藤森さんと出会っていなかったら、今の僕はいません。本当にありがとうござい
ます。
*これからも秘宝読んで下さい。お世話になりました。
*甲子園で一緒に六甲颪を!
*いつか藤森さんの出身地岡山へ行ってみたいと思っています。長い間お疲れ
さまでした。お元気でいてください。
*入ったばかりの私ですが、洋泉社の一員として、早く役に立ちたいです。ありが
とうございました。
*老兵は死なず。只 消え去るのみ これからですよ!
*お話しする機会はほとんどありませんでしたが、これからがんばります。
Go! Fight!Win!
*もっと。もっと存在感のある会社にします。規模より中身です。本当に有難うご
ざいました。

和気藹々の会食のなかで、この間関わってきた3・11津波被災地、大槌町の現
況と 森の図書館への協賛支援についても、きるだけ多くの社員と、写真を見せ
ながら語らった。