文壇バー「風紋」の聖子さんが亡くなった知らせを聞いた。93歳。
風紋を開店したのは、1961年に新宿厚生年金会館の裏通りだった。
聖子さんの御父さんは画家・林倭衛でお母さんは太宰治と親交のあった富子。
少女時代、太宰の短編小説「メリイクリスマス」のモデルとされている。
戦後は出版社を経て、劇団青俳に所属。
風紋のひいきの常連は著名作家や編集者だったが、僕が最初に連れられて行っ
たのは20代後半で、アナーキスト岡本潤の『罰当たりは生きている』(未来
社刊)の出版祝賀の席だったと思う。いずれにしても、僕より大分年上の常連
客が多く当時は親密な語らいができる雰囲気ではなかった。
1965年ころの話です。
ずいぶん後で知ったのだが、御母富子さんの郷里は岡山県津山市の商家で少女
時代の暮らしはかなり贅沢なものであったらしい。(『風紋25年』)
この聖子さん親子の出自を知っておれば、僕の通いなれた「でん八街道」に寄
り道を加えて、風紋の止まり木でも少し立ち入った話もできたであろうにと、
残念に思う。 合掌。
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