2013年4月30日火曜日

NPO 都民税・事業税と言われたって!?



勉強不足と言われればその通りなのですが、「大槌の風特定非営利活動法人」の
認証は昨年末に東京都によってされたばかりで、これまでの活動も、限りなく個人
レヴェルであったわけで、何か粗利をもたらす事業など一切なく、税金を収めること
への率直な疑問があった。

納税を沸々とした疑問のままにしたくなかったので所轄の八王子都税事務所へ出
向いて、質問形式で疑問をぶつけてみました。思い込みに反して、大変丁寧に「免
除申請書」の提出手続きで、免除措置があることを説明してくれた。以下、申請書。

当法人は、岩手県大槌町内の利用料無料の図書館(森の図書館)を東日本大震災
で甚大な被害を受けた同町を中心とする被災地の子どもたちと父母らが本を、無
償で読み聞かせできる環境づくりの事業に取組む。
もって、同町を中心とする被災地の復興推進と地域文化・社会の活性化に寄与す
ることを目的とする。
収入は、主に東京在住の賛助会員の会費と協賛カンパのみである。





2013年4月28日日曜日

「アウトレイジ ビヨンド」を観る



北野武監督作品は劇場ばかりでなくDVDも加えると大半を観てきている。
「仁義なき戦い」(深作欣二監督)を祖形とする実録タッチ暴力劇(アウトロー)の
連作第二部・「アウトレイジ ビヨンド」を作るに当たって、北野監督は脚本の緻密
化を図ったことが如実に分かる。
特に新作「ビヨンド」では、無駄な枝葉を削ぎ落として巨大暴力団組織の内部抗争
の人脈相関を、正確な駒取り合戦に仕立て上げ終始一貫してドラマに破綻をきた
さない。

1973年第一作「仁義なき戦い」が上映された時、斬新な撮影技術で映像革命と
言われたが、その後の技術的進化による映画の見映えは各段にあがっている。
それだけに、ドラマツゥルギーの密度次第で感動映画か、駄作かに分かれてしまう
ように思う。




2013年4月27日土曜日

座談会 2




     *戦後カオスのなかの屋台から*

H  お忙しいなか、出席していただきありがとうございます。
  「D8」のアキさんに同席していただいて、お店の歴史とそこに集った人たち
  のドラマを語り合ってみたいと想います。
  今日お集まりの皆さんは、「D8」が開店(1964年7月)した時から、または、
  ほとんど間がない時に暖簾をくぐった方たちです。
  まず、各々の馴れ初めから話していただけますか。

M 昭和39年(1964年)8月末かな、開店してまだ1ヶ月もたっ
  てない時に新しい提灯を見て気になって飛び込んだ。たまたまその時、新宿
  ガイドのネタ記事を探してていた。一緒に入ったのは千代(デザイナー)だった。
  ふつう取材したお店には行かないのに、よっぽど居心地が良かった
  のか居ついちゃったんだよね。
  ++が居てアレッと思ったんだ!(詳しくは掲載記事参照)
A 開店から年内までは、赤字でかなり厳しい崖っぷちだった。
M 近くに「アシベ」があって歌手や芸人を見かけたが、あれは、
  いつごろからで、最初は誰が来たの?
A カツミ。ファンの可愛い女と二人連れで来た。それからバン
  ド連中が来るようになった。
M 最初は、カツミか!
H 僕は開店翌年の半年たった2月の寒い日に、おでん屋台の「インテ
  リ清水」さんに誘われて初めて行きました。
  この時にはもう、アシベのプレーヤーたちのたまり場になっているこ
  とが話題なっていたナー。
M いけば、必ずちょっと変わった人たちが居る雰囲気があったよナ。
A (屋台盛衰記語り、、、)
O とすると、今日お集まりの中ではMさんが一番早い「D8」入学
  なんだ。
  僕は、大学3年。加藤登紀子さんがお芝居をやるのを応援をしてい
  て、そのプロデュースしていたのがHsさん。
  芝居が跳ねて打ち上げで初めて寄ったのが「D8」サ。
  初めての店で感じたのは、アキサンが素晴らしい話芸の持主で、
  アニキはひかえめであまり喋らなかった。
  (共通して一致したのは、アキサンの聞き上手と話題を上手
  に操る話術に魅了されていたこと。)

─→以下、日を改めて断続的に続く~




2013年4月26日金曜日

或る 座談会から 1




あの時代、D8は、活気があった! 物語があった!
1960年代、70年代の若さの合わせ鏡のごとき場所だった。
店の人や客同士の距離感が絶妙で、居心地が良かった。
コの字型で小さな和風オープンキッチンのような一角に、ド~ンと50センチ四方の
真鍮おでん鍋があった。
そのお店に僕が初登場着席したのは、1965年2月の寒い日であったことをよく
覚えています。
新宿花園神社の入り口でおでん屋台を引いていた清水Sさんが早めに店仕舞い
して、連れて行かれたのが、この、おでん居酒屋だった。「でん八」。

本冊子のための座談会、第一回目は、2時間30分に及んだ。
ほぼ50年前の開店当時から、それぞれの縁で暖簾をくぐった5人の面々が丁々
発止と語りあいました。

2013年4月24日水曜日

新宿梁山泊



自宅作業中の夕、急な招請に応じて新宿へ出かけた。
或る例会を断ったやさきのOnからメールなのだが、暮れに会えなかった三人の名
前が連名された席となると、何をさて置いて出かけざるをえなくなった。

遅れて顔を出すと、待ってましたとばかりに、集うOn,Hy,Ny,Mk,Ts,Tz,Stら
の一声で、羽村からようこそ!と歓待してれた。
実はこの顔合わせメンバーを核に、冊子「新宿でん八物語」を制作する構想でいる
ので、Onのサポートに助けられた。
構成の中に座談会を組み込んでいるが、この日の集まりはその前哨戦さながらで、
1960年代、70年代のコの字型カウンターに座った人、人、人のエピソードから、事
件や暗部にいたるまで尽きない話で盛り上がった。

女将やママの文壇酒場史は数々見てきたが、マツオ兄弟をコの字型カウンターの中
心にすえた、男っぽい居酒屋小史は稀有のはずです。乞うご期待!

2013年4月23日火曜日

冊子「WORKS高麗隆彦=長尾信の仕事」が届く

本文中の書影写真

長尾さんから、さすが装幀家の記念冊子と思わせる一書を恵贈いただきました。

彼には、洋泉社を解覧した1980年代半ばから後半に本の装幀とデザインで大変
お世話になりました。
遊びでも、社員と一緒に白骨温泉に泊まり掛けで、乗鞍高原へスキーに出かけた
こと、草野球「洋泉社ダイナマイツ」で華麗にショートプレーを見せてのらったことな
ど、公私にわたる思い出が尽きません。


大学での教鞭生活一九年半、ご苦労さまです。
僕も未来社勤続二十年でしたが、歳月流転を実感いたします。
本書に収録された『音楽都市のパラジット』等、洋泉社刊行本四作品の装幀
を見るにつけ、当時の活気ある本作りの現場を想起させてもらいました。
長尾さんの装幀仕事が熟覧期に入ってからは、お会いいする機会が少なくな
っていました。1996年以降の数百冊の書影作品を眺めながら、教授と合
わせ鏡のごとく、凄い量を生産されていたことに敬服するばかりです。
  


2013年4月21日日曜日

大槌町浪板海岸地区の復興未来図

復興まちづくり未来図



波板海岸地域は大槌町のなかで最も宮古市寄りで、境界隣が山田町です。
その浪板海岸の透きとおる海原が鳥瞰できる小高いところに、先に案内をした
「宮沢賢治童話展」開催の<森の図書館>があります。
と言っても、美しい松林と砂浜は311の津波襲来で悲惨な景観になってしまい
ました。

第1波は静かな襲来があり、 強烈な引き波で海底が沖に向かって浮き出て見え
たと、、、。波板観光ホテルは高い所にあるいもかかわらず地階から1階の部分は
壊滅でした。
今ではボランティアの人たちによって、がれきの集積・分別処理を終え、松の植
え込みと補強工事が行われています。