2020年4月14日火曜日

「園子温という生きもの」を観る   2807

園子温を知ったのは1990年代半ばに編集の田野邊君から、園子温と平野勝之の
映画本企画が提出されたときです。聞いたことのないシオンという響きと彼の
『自転車吐息』という作品をとりあげ、熱をおびたアピールを覚えている。
雌伏の時代を経て商業映画に乗り出してからの監督の勢いは凄い。鬼才と言わ
れた若松孝二監督の跡を継ぐ創造的映画監督だ。

監督は大島渚の次男にして「情熱大陸・園子温」を演出した大島新。
出演は園子温、染谷将太、田野邊尚人、安岡卓治、エリイ、神楽坂恵
善いとか悪いとかではない、いま表現して生きることを究極に追求する園子温
という生きざまのむき出しのドキュメンタリー!
3・11被災地ロケハンでのイメージ創りで沈黙する姿や、生家豊川を訪ねた
ときがらくたから出てきた中学時代に映画『ジョーズ』観て作った鮫のカブリ
モノのインパクトは印象に残る。

僕は『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』『ラブ&ピース』観ている。


2020年4月13日月曜日

悠久の風景がダムで変貌       2806

ダムに沈んだ「久田発電所」(影:pen)
写真(左)の中央に見える建物は中国電力久田水力発電所(旧)で、現在は、
奥津湖に沈んで影も形もありません。
写真右の帯状に膨らんだ湖の底に位置します。

この場所(集落)は「市場」と言っていたと思うが、稼働していた発電所には
母の伯父が勤務していたし、その少し上手には戦前は酒蔵だった祖母系の縁戚
「広戸家」が盛者必衰で在った。部落の御祭りにはたがいの家を巡回していた
ものです。うるみ覚えだが懐かしい。

水力発電所から吉井川に放流された水は本流と一緒になり水嵩を増やし300㍍
ほど下流をせき止めた堰堤にいたる。このエンテイには宿泊施設があり、母方
の祖父が水量調整のため交代で管理していた。梅雨時や台風一過での水門開閉
のダイナミックな作業を幼心に目に焼きつけている。
いまではこのエリアは奥津湖の巨大水門に変貌してしまった。

(←ブログ:2020・4・9 「緑と水と湖のパラダイスとは言えない」2802)

2020年4月12日日曜日

昭和16年の教育状況 良太のサイパン⑬ 2805

良太はサイパンの国民學校訓導(判任)、先生として当時着任している。
訓導は日本内地で国民学校教員資格を有する者のなかから任用とある。(南洋
群島要覧/南洋庁)

岡山師範を出て出身地村の小学校二校で教員経験を積むこと四年を経たところ
で、なぜサイパンへ行ったのかはまだはっきりしない。
想像するところでは、師範学校が国の教員養成機関であったことからしてある
種の強制的推薦に応じたのであろうと思っている。

東アジア太平洋戦争勃発の翌年という軍事時代にあって、南洋庁設置以来各種
開発事業の開発にともない、邦人の家族を帯同して来島するものが激増してい
た。そして児童数は急増し学校増設を急務としていた。このとき34校に及んで
いると云うから、いかに膨張したかが判ると同時に、教師の増員が必要だった
はずです。
良太が教壇に立った「チャッチャ国民學校」の職員数は11人で、その中の一人
だった。
国民学校の他に、公学校、木工徒弟養成所、實業学校、高等女学校があった。

(←ブログ:2020・1・25 「教師の待遇はどうだったのか 良太⑪」2727)
(←ブログ:2020・2・27 「南洋教育とは 良太のサイパン⑫」2760)

2020年4月11日土曜日

未知との遭遇            2804

吉祥寺駅ナカ(2020・4・10 影:ncan)
21日発売の「映画秘宝」復刊号の売れ行きについて心配の声が寄せられている。
その編集部はいま入工作業の追い込みで火急のとき、心配の種だろうと思う。

発行元は本誌に大いに期待し、月刊誌ということもあるが発売日を変更すること
なく、取次とも予定通りの配本体制で調整しているとのこと。
問題は、既に都内の大型店やB1吉祥寺店など駅ナカの書店が「緊急事態発令」
で休業に入ったことでの痛手がどの程度か、である。

ところが先日、トーハン営業統括部長・大西さんの本の売り行きレポートによる、
昨対3月の現状維持(売上実績)と地域の中堅書店やナショナル・チェーン店の
健闘を好材料として受け止められる。また、この特殊な現況の消費市場において
は、CVSルートの可能性も出てくるのではないかと期待している。

日常の階段のぼりの効き目      2803

芝・愛宕山(2020・4・10 影:ncan)
久々に都心へ出る。
慈恵医大での緑内障定期検査の予約を先延ばししていたので無理して出かける。

自転車で家を出て駐輪場から駅まで300㍍ほど歩く踵にちょっとした違和感
を感じる。歩幅が定まらずガクガクする感じ。駅の階段を上がるときには従来
の感覚にもどったが、この間、家に閉じこもっていたことで機能低下していた
のだろう。

そこで、これまで気にもしていなかった駅の乗降階段と陸橋階段などを踏んだ
段数を数えてみた。なんと、540段上り下りしていたことに気づく。
羽村駅階段40段×2~JR水道橋・都営三田線水道橋60~御成門100~(陸橋・愛
宕山140)~神保町40~京王線明大前40+20~井の頭線吉祥寺・JR吉祥寺60段
→青梅特快で羽村駅

2020年4月9日木曜日

緑と水と湖のパラダイスとは言えない 2802

緑の山あいを蛇行して流れていた清流の吉井川は、僕が倉敷へ移住した昭和30
年代に「ダム建設」問題が勃発した。

それから中学の後半、高校を経て東京の大学生活で上京してからも、一時町長
だった伯父(日笠)や間組にいた縁者によって「苫田ダム反対期成同盟」の動
向や、停滞する町の様子を知ることができた。

吉井川を堰き止めて生まれた人造湖「奥津湖」。この地底に沈んだ日本有数の
人家と生活を知らず、訪れる人たちが雄大な自然と澄んだ水に魅了されても、
僕は戸惑う。

ダムのとば口に近いところに在るわが菩提寺や、少し上流の名勝「奥津溪」は
残った。


梶井基次郎「櫻の樹の下には」を読む 2801

書影
『梶井基次郎全集 第一巻』(1966年/筑摩書房刊)を本棚の奥から抜き出して
読む。

どうしてこうなったのか。きょうハルを世田谷へ送ってリターンの途中に青葉
交じり桜並木のトンネルをぬけた。学生時代に、「桜の下に死体が埋まってい
る!」という梶井基次郎の小編を話題にしたことを想い出した。さらに枝には
枝があって、この短編を知るきっかけになったのは、yuが持っていた未来社
版『日本詞華集』で、梶井の「檸檬」を知ったからである。
さかのぼること60年も前のことだが、全集ではわずか4頁のなかに、不思議な
イメージを駆り立てる気になることがある。

映画、鈴木清順監督の「ツイゴイネルワイゼン」や京都丸善を想起させたりも
する。