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| 明治生命館 |
工業倶楽部会館を散策してきました。続いて、、、
【新丸ビル】
昭和27年(1952)に建設された8階建ての「新丸の内ビルディング」をた
てかえたもの。丸の内ビルディングとは行幸通りを挟んで向かい側にある。
周囲の環境に調和した高い格式と国際ビジネスセンターにふさわしい最新の
設備を融合したデザインアーク。
総事業費は約900億円。解体の際に出た松杭が遺構されていた。
【行幸通り】
大正12年(1937)の関東大震災の復興開発の際に皇居から東京駅まで一本
道を作った。現在地下には、「行幸地下ギャラリー」なる地下通路が開通し
ている。
【丸ビル】
かつて丸の内一帯は皇居を借景として、高さ31㍍の軒高のそろったビルが
整然としてた都市空間を形成していた。昭和38年(1963)、建築基準法が
改正され、高さ制限が撤廃し、同時に容積地区制を導入。超高層ビル時代が
到来する。
【明治生命館】(重要文化財)
生命保険会社の本社ビル。昭和9年(1934)に竣工。建物全体の構成や設備
の充実度から、明治初期におけるオフィスビルの最高峰を示すものといわれ
ている。
1階店頭営業室は2階までの吹き抜けになっている。2階は吹き抜けを囲んで
回廊があり、執務室・会議室・食堂が並ぶ。
昭和20年(1945)敗戦により、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に
よる接収と対日理事会の場所となる。GHQが廃止された昭和27年(1952)
まで。
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