2018年1月8日月曜日

『諏訪信仰の発生と展開』を読む   1979

書影
田中基君から著書、『日本原初考・諏訪信仰の発生と展開』(古部族研究会 編)
が手元に届いた。

本書は「古部族研究会編」となっているが、ボクが初めて諏訪信仰と藤森栄一の
「銅鐸」の話を聞いていた頃、この日本古層の追究がどう深化されていくのかは
不明でした。
ところが40年後、「日本原初考」三分冊として一部加筆や新稿を加えた1170頁
の大冊文庫版で復活したと云うことは、田中君たちの弛まぬ執念の到達点だと思
う。

彼には、縄文中期土器図像の世界観を記紀神話とのかかわりで考察した著書『縄
文のメドゥーサ』(2006年6月/現代書館刊)がある。
「この図像解釈のなかで、縄文人の大地感、生命観について考えざるを得なくな
り、折口信夫のまれびと観や他界観と習合させて、諏訪の神事を改めて見たとき
に、その根底には同じものを見いだすことができると、今ならはっきり言うこと
ができます」。と序に寄せている。

2018年1月6日土曜日

星野仙一さんの死を悼む       1978

書影
星野仙一元阪神タイガース監督急逝の報に接しました。
70歳でした。

星野元監督とは倉敷(旧水島)で同郷です。そして根っからの阪神タイガース
ファンが高じて、『星野タイガース読本』を星野監督を迎えた一年目に刊行し
たことを想いだす。
二年目の03年には、闘将の選手人心掌握術よろしく猛虎は復活し18年ぶり
の優勝をもたらしてくれた。
昨年、野球殿堂入りしたのを祝す会で盟友田淵幸一や山本浩二らと、はにかみ
笑いを浮かべ鏡開きをしていた姿を見るにつけ、あまりにも急で残念至極です。

11年には、楽天監督になった開幕前3月11日、東日本大震災が発生した。
被災地東北を勇気づけるを合言葉に、一途に野球プレイに取り組み、一部で被
災地の支援をしてきた。3年目の13年にはチームを初優勝にみちびき、震災
復興に向かう東北の人たちをなんと勇気づけたことだろう。

監督を退いてからも、被災地を訪ねつづけ、子どもたちの手を握って「ガンバ
レや!」の掛け声のなかに、岡山弁が混じっているのが響く。 
合掌。

2018年1月5日金曜日

ことしの年賀状アラカルト      1977

年々年をとってくると、東奔西走の毎日を日々新たにして、、と賀状につづ綴る
御仁はいなくなった。

それにかわって、加齢でもの忘れが多くなったとか、足腰が弱くなって階段の上
り下りがままならない、そして病気報告といった具合です。
自分は昨年、喜寿を越えたが、今年還暦や、古希、喜寿を迎える人も多く、「遂
に、、」と必ず一言添えてある。
皆に温度差があるといえ節目を越える危機感が漂う言葉が頻出する。

でも、まだ未だ活動できる範囲で行動している友人も多い。
国際的なNGO活動に一貫して尽力しているFh君の、社会正義と平和への信念。
遠い昔、スキーを共にしたこともあるKtくんは、朝日新聞を離したあと大学へ
出講する傍らパレスチナ再訪、社会的関りを継続している様子が知れる。

こんな微笑ましいうれしい賀状も。大学のおんな先生Ksさんは「ゼミに虎ファ
ンの女子が入って来ましたが、当方のことは秘にしています」と、必ずわが猛虎
の話題が添えられている。球春近しを感じさせられる。


2018年1月3日水曜日

賀状片々 ’18            1976

8ポイント活字で400字、賀春に始まりほぼ400字詰まった一枚の年賀状に
毎年、ひきつけられる。

今年の賀状では、昨年夏に意を決して四国八十八カ所巡りを始めたこと。道中の
彼岸と此岸と往還する空気にふれ順調に巡礼したが、途中で息切れし今年また再
挑戦する決意のほどが書かれている。

この主文よりボクが琴線に触れたのは、「先生から貰った『君たちはどう生きる
か』を、中二のとき以来、当時の小型・上製本で読み直した」と云うくだりでし
た。そして、「18歳で上京し最初に行ったのは、銀座ではなく国会議事堂でし
た」と、、。結論、「以来半世紀、ガッチン君のままで生きてきたようです」。

彼は優秀な編集者だが、さっさと現役を退いた後は信州伊那で隠遁生活を送って
いた。このときの手紙のやり取りで、故カドクラと親友関係にあったことを知っ
て奇遇に思った。

(←ブログ:2017・10・2 「『漫画 君たちはどう生きるか』にふれて」1881)

春の書初め             1975


ハルの書道の先生らしきことを、数年前にしたことがあった。

彼に与えられた墨筆のテーマは、「豊かな心」。
自身、正座して筆を握るのは一年ぶりで、元の感覚を取りもどすのに手間取る。
スキーで前の滑りを取り戻すのに半日かかるようなものだ。
「豊」はバランスの取れた書体ながら、書いてみると縦長に間延びして画数の間
の取り方が難しかった
相手は、普通の利き手は左ながら、筆を持つのは右手だがいまでは全く違和感を
受けない。ところが、硯の墨をするのは左で始めるので面白い技に見えてしまう。


2018年1月2日火曜日

箱根大学駅伝を観て夕には富士見の決闘1974

(影:pent)
新春恒例の箱根大学駅伝は早朝のスタートから観る。

何十年も二日の日は、5人の選手がタスキをつなぎながら箱根芦ノ湖のゴール・
テープを切るまでのドラマを見続ける、その忍耐にわれながら驚き。
毎年ずっとほぼ同じコースを走るのだが、天候は晴、曇り、雨に雪と変化が様々
なことと温度の変化が激しいので、劇的なる展開に魅了される。
だが、昨年に続き今年も、比較的淡々としたものでした。
往路1位は、東洋大学。

次は、ハルと隣の富士見公園運動場で鉄棒、エセエベレスト登頂、そして極め付
けは、ライトセーバーで決闘。久々に手合わせするが、背が伸び腕力に足腰が一
段と強くなっているので、真剣勝負するも圧倒的に負けてしまった。
もちろん、色んな型に合わせて機敏な立ち回りをするので、ついて行かれるわけ
もなく一本取られる流れになるのであった。

2018年1月1日月曜日

あけましておめでとうございます。  1973

空気が澄んだ寒い朝の新年です。

午前中、新聞二紙と年賀状をみてすごす。
新聞広告(「日経」本紙)で出版社の全面広告は、一社だけで他に見当たらず。
年々減少してきていることは気づいていたが、残念ながら衰退の象徴のように思
える。

正午すぎに、年越しを「花園神社」で過ごしたハルが、元気に躍動感いっぱいで
年賀にやってきた。
例年と少し空気がちがうのは、問題集持参で自主的に勉強を始めたり、息抜きに
Legoに熱中してみたり、スケジュール管理できるように一段と成長していること
か!
全員揃ったところで、御屠蘇をそれぞれの杯に注ぎ新年を賀す。