2025年10月26日日曜日

さついもの記憶           5023

家の前の農園で、赤や白のキャップを被った幼稚園児がわいわいがやがやにぎ
やかに芋堀を楽しんでいた。

最近はどこのスーパーマーケットでも焼き芋コーナーを見かけるが、一時影が
うすくなっていたように思う。それは食糧難の戦中に、村の婦女子がこぞって
砂地があるところどこでも開墾して収穫に精を出していた光景が、高度成長期
に向かうなかで反転したからだ。
そもそも、焼きいもルーツは江戸の町で江戸っ子のおやつとして大ヒットした
ことかららしい。

そして東京では、江戸の奥座敷川越が一大供給地(ベニアズマ)になった。
川越えから日本橋までの水運距離が13里(50㌔ばかり)。
「栗よりうまい十三里」
ちなみに僕の田舎では、「金時」と称していたのが阿波「鳴戸金時」で、表面が
綺麗でした。 

0 件のコメント:

コメントを投稿