2014年6月24日火曜日

大原孫三郎も凄いが、林原一郎も遣った! 681

書影(日経BP社刊)

林原美術館から、本能寺の変の一級資料が出る。
先日、「カバヤ文庫」のことで、古い記憶が呼び覚まされ、その仕掛けをしたの
が「林原」だったことを記した。

岡山の「名門企業」でありながら一度は破産した林原は、2012年にナガセグ
ループとなったが、独自の技術を生かして、医療、食品、健康への展開を加速
させてることを知った。

そしてまた、今日のニュースで、林原美術館所蔵の古文書研究における新知
見について、、、本能寺の変・四国説と関連する書簡を含む、が注目される。
本能寺の変、謎に迫る資料見つかる! 光秀が信長の方針転換に不服だった
か?戦国時代に土佐の武将だった長宗我部元親が四国の領土をめぐり織田
信長の命令に恭順する意向を示した内容の手紙が見つかり、所蔵する林原美
術館と、共同研究する岡山県立博物館が23日、発表した。(林原美術館は、
岡山県立美術館ができる1986年までは、岡山美術館(1964年)と呼称して
いた。)

信長は、四国は元親の自由にさせるとの方針から一部しか領有を認めないと
変更。手紙は明智光秀の家臣斎藤利三に宛てたもので、元親が従う姿勢だっ
たことが確認されたのは初めてと言う。
手紙は1582年5月21日付で、直後の6月2日に起きた本能寺の変は、織田
と長宗我部の仲介役だった明智光秀が信長の方針転換に納得しなかったこ
とが原因だと考える説もあり、美術館館長は、「本能寺の変に大きく影響した
要因ではないか」と話した。
NHK歴史観もいいが、このようなリアルな原典が発見されると、歴史を見直
す、ワクワク感があってイイ。

0 件のコメント:

コメントを投稿