2013年8月15日木曜日

8・15敗戦記念日

対岸山の中腹に菩提寺


8・6の原爆投下された日は毎年、記憶が更新されていくが、今日15日は点のごと
く、一シーンとして脳裏に焼きついている。

終戦の詔勅のラジオ放送が終わると、祖母のモンペ姿に悔しさと安堵が入り混じっ
た貌が思い浮かぶ。まわりの顔に明るさが見えたようにも写った。
早死にした父は、そのとき、何を思ったであろうか、今こそ、問うてみたかったが。
サイパン島で教鞭をとっていた父は、教育者と云うことで優遇され陥落する半年前
に東京港に返されていた。

国防婦人会の会長まで務めた祖母岸野は、涙を見せることもなく、少し明るい顔に
なったように見えたが、、、。
松根油を作る圧搾作業とか、共同で開墾した畑のイモなどの農作物の収穫期の応
援などに、勢力的に出かけていた記憶がある。

映画「秋津温泉」(吉田喜重監督)のなかで、校庭(実はわが田舎の旧久田小学校
校庭)で村民が詔勅の放送を聞き入る映像があり、闇米を背負った主人公の岡田
まり子が嗚咽するが、5歳のそれぞれの思いが切れ切れに重なる。

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