2019年2月28日木曜日

緊急 慈恵医大眼科へ         2395


20年以上の歳月、慈恵医大病院を利用してきているので、ありがたいことに目
のトラブルで緊急治療に対応してくれた。

昨日早朝に目覚めて戸を開けていたところ、眼前を黒胡麻が散らされたような浮
遊物が見え、追っ払っても後からあとから湧き出るような光景に仰天した。
yuに目ん玉をみてもらったところ、特に眼球や瞼に異常は見当たらないものの
目そのものより、脳の異常か糖尿病関係からの発症の可能性を強く訴えられ、近
近かかりつけの慈恵へ行くことを約束させられた。
そのうち浮遊する「蜉蝣」は居なくなったので一時的出来事だったと安心して、
定例の打合せで都心に出かけた。ところがそこでも、またまた蜉蝣が現れたので
朝からの経緯を話すと、社主から即刻検診に行くことをすすめられる。

きょう早朝、芝御成門の慈恵大病院に精密検査で訪ねた次第です。5時間検査。
視力(矯正)検査→精密眼圧測定→最隙燈顕微鏡前眼部後眼部検査→精密眼底検
査→血液学的検査→生化学的検査→眼底三次元画像解析→血液採集(次回結果)

現検査診断結果は、緑内障・白内障ではほとんどない。黒目に上部から日蝕のよ
うに幕がかかった状態が浮遊物をもたらす。
それは、糖尿病、弱い脳梗塞、高脂血症、、からか。
一時的なモノなのか、どうなのかの究明を二週間後に出してくれることに。
加齢も加わって、一年に一度ほど大騒ぎするなぁ~。

2019年2月27日水曜日

「松本昌次さんを語る会」の知らせ  2394

飯能の鈴木地蔵さんから、去る1月15日に亡くなった松本昌次さんを偲ぶ会の知
らせをもらった。
4月6日(土)14時~ 文京区区民センター (発起人・一葉社)

鈴木さんは編集歴も長かったが、職人気質の表現とも云っていい『市井作家列伝』
なる労作がある。かつて僕とは一緒に草野球に興じたこともあったが、ここ数年
は編集の師匠格として、体力の落ちた松本さんに付き添う姿を見かけることがあ
った。

松本さんには、未来社編集長時代、その後未来社を辞し影書房を興してからも或
る面、大変お世話になっております。
僕は影書房を追うように一年遅れで、やはり出版社を解覧したが、彼に埴谷雄高
さんへの口添えとか、人文系著者関係について意見交換もしてきた間柄でした。

古い 二篇の読後感          2393

書影
三階の屋根裏部屋を断捨離していたら、60年前の書きなぐり文章類が出てきた。

なかでも、埴谷雄高の「『死靈』読後感」と、吉本隆明の「『言語にとって美と
はなにか』読後感」。
じぶんでは、すっかり忘れていたが、1963年と、1965年の秋に400字詰め原稿
用紙に綴ったものらしい。その当時のタイミングで、よくもこんなに真剣な文章
化ができたものと感慨深い。

いづれも原稿用紙3枚程度だが、下書きノートには結構な走り書きも散見する。
埴谷さんのものは一部欠落しているので、吉本さんの「言語美」についてのみ控
えさせてもらう。
(当時ソシュールや時枝言語学、三浦つとむ、大久そりや等に影響されていた。)

『言語にとって美とはなにか』読後感
”なぜ、こんな言語にとっての美の考察がながながといるのか? なぜ、こんな
考察が文学理論の課題でありうるのか、? なぜ、文学の作品についての理論が
抽象的でなければならないのか? なぜ、現在の切実なもんだいがここにないよ
うにみえるのか? なぜ読者について、受け手についてマスコミについて考察し
ないのか? ”等々〟といったたぐいの疑問にはこたえようがない。〟と作者は言
う。しかし、読後感じるのはそのようなものばかりである。なぜ、、、、、、。
(→続き後日)

2019年2月25日月曜日

欺瞞ものの投票 されど県民投票   2392

米軍普天間基地を移設するために、名護市辺野古の海を埋め立てることに対して
沖縄県民は24日の県民投票で、「反対」過半数の意思表示した。

だが、政府は移設工事(現在は土砂投入)をこのまま強行する方針で「県民」と
の対立はなお続く。
これまで、幾度となく対立のなかで見てきた、むき出しの国家暴力。
県民、地元が明確に反対を示したのに、政府は世界で最も危険な普天間飛行場の
移設を不可避なアメリカとの約束として欺瞞的に強弁するのである。
だが、県民投票という手段ながら、若い世代が中心になって実現したところに、
新しい抵抗の熱を感じる。

わが家近くの横田米軍航空基地にも昨年から、すでにオスプレーが配備され列を
なして離着陸するのをまじかに見ることがふえた。
だれも傍観者であってはならない、倫理の根源に触れる事態にきている。

(←ブログ:2017・8・27 「沖縄と国家」」を読む」1845)

2019年2月24日日曜日

勇壮な八方尾根スキー場 記憶の断層84 2391

信州白馬八方尾根、男っぽいスキーヤー好みのスキー場でした。
いまや、外国人に人気のスキーリゾートになっているようです。

20代、30代に行っていた頃は、関西からのスキーヤーが多いことが、飛び交
う関西弁でわかったものです。近年は訪日外国人が関西空港から押し寄せている
のだろう。
その頃、日帰りスキーには距離的に厳しいゲレンデなので、2、3日は楽しめる
正月か15日を挟む休日利用か、春スキーを楽しむことが多かったように思う。
これも、Gyoと遊びながら白銀の世界で精神をドーンと開放したいがための趣向
の一環でした。少し大袈裟か、、。

このスキー場の魅力は、何といってもホテルの近くのゴンドラリフトに乗って、
標高1200㍍余の北尾根に一気に上り、一面ふわふわ雪のなかに立ち周囲を見
わたすと白馬の頂上から北アルプスの白い山塊が迫ってくる風景。見とれてしま
い一瞬、時間が止まったような錯覚にとらわたものです。

その頂上でストックを打ち鳴らし気合を入れて一気に下る醍醐味は爽快そのもの。
しかし、相棒のGyoは急斜面の途中に1㍍ほどのコブの上を飛ぶように滑降する
当時の勢いに、すでに敵わなかったのである。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)
(←   :2019・2・6 「地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83」2373)

2019年2月23日土曜日

ドキュメンタリ―『眠る村』を観る  2390

あの「名張毒ぶどう酒事件」を追った迫真のドキュメンタリー映画。
「ポレポレ東中野」のスクリーンで観た。

1961年3月に、三重の山奥の小さな集落で起きた毒殺事件。
この時、「田舎の公会堂」での親睦会でふるまわれた酒を飲んだ女性ばかりが、
次々と倒れた事件に既視感を覚えたものです。
すぐには、冤罪事件になると想像できず、横溝正史の「八墓村」か、津山「加茂
の29人殺し」のことが浮かんだ。

はっきりとした証拠は見つからず、奥西勝さんの自白調書が決め手になって死刑
を宣告された。
その後の無罪立証のための物的証拠は、ぶどう酒瓶の歯形、封緘紙、異種農薬等
が出てきているにもかかわらず、司法権力は自白一辺倒。

監督は齊藤潤一・鎌田麗香
ナレーションの仲代達矢の染み入るような声が、「冤罪」で獄中死した奥西さん
を代弁している。
2013年に公開された『約束  名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』は、死刑囚
として収監されていた奥西を仲代達矢、事件当時の奥西を山本太郎が演じ分けて
いる。無罪を信じて再審請求を続けた母役を樹木希林、ナレーターを寺島しのぶ
という顔ぶれで、製作者(東海テレビ)たちの半世紀にわたる執念が凄い。

タイトルは「眠る村」だが、冤罪を生み出す司法システムこそ眠ったままである。
奥西さんの汚名を晴らすため弁護団は、これからも再審を請求し続ける。
原点に戻って、何一つ解決していない事件に挑むと、、。

2019年2月22日金曜日

今日の日なんの日 陽のない日ですけど 2389

きょうは、「はやぶさ2」が地球から約3億km離れた小惑星「りゅうぐう」に
到着した記念すべき日になった。
唐突だが77年前(1942年)のきょう(2月22日)は、東京は大雪だったという。

1941年12月8日早朝にハワイの真珠湾を奇襲攻撃した翌年で、日本軍は南
方進撃も約半年後には退却(軍部は転進)していた。
こうしたきびしい世情のなかで誕生した人がいるかと思うと、なんともめでたい
「りゅうぐう」の地表着陸成功を忘れられない日として名を受ける人もいる。

そして、今宵は77年後の誕生パーティーと相成り、同席して楽しんだ。