2013年12月31日火曜日

今年、307回更新した!ブログ


ブログを始めて3年目に入る。当初ブログを立ち上げるキッカケは、3・11震災
の復興支援活動MPOの広報用に活用を意図したものでした。

ところがNPO「大槌の風」がメインで取り組んできた、被災地の子どもに本を届
けることが、一段落を見るにいたったこと。ほかの事では、被災地の聞き書きや
被災写真の修復、大槌町被災者との復興支援東京交流会と、地産海産物即売
などで、支援の活動をしてきたが、少しずつ縮小してきており、「広報」主体から、
より個人的な「日録」に偏ってきている。

大みそ日、元旦も二日であることに違いはないが、気持ちを新たにさせる特異
なものがある。これが一年、365日を刻む暦の意味付けだと思う。
除夜の鐘、今年最後の鐘突きのシーンは、義娘の菩提寺、大槌町江岸寺の境
内からだった。
大津波の被災で壊れた鐘が遺物で見えるなか、初突きとなった鐘には「東日本
大震災復興祈願」の刻印が見えた。


2013年12月30日月曜日

年末最終回の忘年会!


顔ぶれは問わず、毎年暮れの28日に三々五々集まる「萬八忘年会」に出た。
「加藤登紀子ほろ酔いコンサート」が跳ねて、会場で一緒だった皆と直行した。

いま、制作進行が佳境に入っている冊子の準備会メンバーが中心だったので、
原稿の回収状況をめぐる話になった。予想されたとおり、店の創業時から1970年
代に、執筆者も、取り上げられたテーマも、集中していることが判明した。
併せて、座談会出席者からは朱入れしたゲラを受け取った。

この忘年会は、師走28日に日を固定して始まって第4回になるが、年々参集する
人はまちまちで、顔ぶれの探りあいになる。
大きな手術をして復帰したかに見えた竹Yが、再入院した。表面的には気丈に見え
ていたが、やはり厳しい現実を推測できる。
来年、ぼくが被災地に行くときに同行を申し出てくれているが、元気な回復を願うば
かりです。

遅れて登場のY関さんから、署名した自著『伝統工芸を継ぐ女たち』をいただいた。
出版社が、学藝書林とあって懐かしくなった。埴谷雄高の『死霊』真善美社版が古
書でも入手困難になっていたとき、<現代文学の発見>叢書の第一回配本で刊行
された記憶があったことによる。
伝統の技と心を伝える36人の女性職人を綿密な取材で伝えてくれる。男性社会と
いわれる職人の世界で、おんな職人としての自信あふれるメッセージがある。
収録写真もいい!
労作です。ありがとう。




2013年12月29日日曜日

加藤登紀子70歳のコンサート、感動した!

(2013・12・28影)
お登紀さんの通算41年目となる「ほろ酔いコンサート」ライブに参加する。
この連続ライブは初めてだが、パリでのシャンソン大会で優勝した中沢忠の凱旋、
ジョイントコンサートや、あきる野市(現)・キララホールのステージを十数年前に聴
きに行っている。

今回のライヴは、学生時代からお登紀さんと交流があるオサダNからの思いがけ
ない誘いにのったものだが、仕掛けられた選曲がよかった。
ピアフが好きでフランス語に疎いにもかかわらずシャンソンを歌い始め、淺川マキ
に刺激されて生(命)をテーマにした作詞、作曲に進化して、さらに愛や恋を歌って
きて、そして今回組み入れられた、3・11で被災した父親と生きて未来を見据える
子どもの絆を歌うと云う時代の流れをドラマ仕立てに構成されていた。
加藤登紀子の、時代と対峙しつづける凄い迫力に感じ入った。

二部は、ピアフ賛歌の三曲。
元旦から世界に発信されるシングル「富士山だ」(作詞故阿久悠)を披露。
「知床旅情」「ひとり寝の子守唄」アンコール曲「百万本のバラ」を情熱的に熱唱!



神田ガード下の「升亀」、店じまい!


(2013・12・28影)

東京・神田駅側のガード下の大衆酒場「升亀」が、昨日(28日)に閉店した。

会社通いの時は、この店を周一ぐらい、昼定食の定番にしていた。
ご飯が美味しくて、新鮮な刺身、煮物、肉豆腐鍋などがぼくの好みに合って
いた。
昼から夜に通し営業で大衆居酒屋に変貌していく、常に賑わいのある繁盛
店だったはずです。28日1時半頃だったが、閉店を惜しむ客が長蛇の列を
なしていた。

二階は中央線の走る電車の微妙な振動がする客室で、「出版かんだ湯けむ
り会」など何回か、集まりに使ったこともある。
戦後直後からあった風な店の佇まいながら、実は1960年代後半の創業と
聞いて意外に思った。

2013年12月27日金曜日

W+恒例の忘年会


吉祥寺の「魚猿」で、50年来の友が参集した忘年会がありました。
佐渡両津から取り寄せられた鰤など旬の魚がウリの小料理屋で、Y西が場所取り
してくれました。

集まった面子は、遠方よりY横をはじめ久しぶりの大Kら、十人だった。
体調不良で残念ながら出られない、と事前に様子を知らせてくれた門Hと、当日に
電話でやはり絶不調で欠席、皆にヨロシク、の電話があった柳A。二人の具合が、
大変気がかりです。
参加メンバーで、NPO「大槌の風」をサポートもしてくれているS増が、今年の第48
回「柳田賞」を受賞しており、お祝いの会を兼ねました。(拍手!お花と、Y泉が北一
硝子グラスの贈呈)
さらに、柳Aを気遣っての初参加のエンちゃんが加わる賑やかな顔ぶれでした。皆
から大歓迎の声が発せられた。
また、Y西から来春刊行(山と渓谷社)されることになっている『魔女の薬草箱』の
案内があった。

昨年の忘年会に都合悪く出られなかった桑Sの発声は、「自分に変化がないなか
で会うと、一年ぶりなのか二年ぶりなのか分からなくなってきている」だったが、確
かに年取るとともに一年の間隔を短く感じる。それが、変化なのか、忘れ去ったコト
なのか分からないところなのだが、、、。
飲むほどに、喋るほどに半時経ったところで、おのおのの身辺雑記語りで盛り上が
りました。


2013年12月26日木曜日

三省堂の雑貨SHOP!

(2013・12・25影)

水曜日の都心は、いつもよく歩く。
今日も東五軒町から御茶ノ水経由で、年末最後の水曜会に出て、明大前に。

先日の、NHK特集「巨大書店」(実は新宿紀伊國屋書店)をめぐる現代の読者
事情を追った映像を、水曜会メンバーも見た人が多数いた。
ビジネスマンの多くが、啓蒙的な生き方指南書や、事業成功者の事例集などの
実用書に手を出していたが、今年のベストセラーを見て、このジャンルの占有率
が高いことでもうなづける。
また、平台前に立って東野圭吾の本を探索する小学四年生にインタヴュしてい
たが、彼はすでに小説を好んで読んでおり読書感想を十分に言えていた。この
話を聞きながらほっとする気分になりました。

三省堂本店の一階前面で新業態となる雑貨と文具ショップ「神保町いちのいち」
(一丁目一番地から)を開設している。
店舗入口一番場所での展開なので、本屋さん本来の姿を逸脱するようにおもえ、
三省堂ファンにとって疑問符だったが、想定を上回る実績が出ているようだ。
この新形態の展開は、書店といえどもスペース産業、店舗運営の人員を圧縮し
て新しい事業へのシフトに踏ん切りになっているようだ。

時代の要請なのか、本屋さんは限りなく少なくなり、書店は複合的ブックショップ
に変容している。
http://goo.gl/JUFVvU

2013年12月24日火曜日

平泉中尊寺の金色堂/記憶の断層19



7日間の「リンクの旅」と称して、念願の久慈と宮古の沿岸をつないだ行程も最終
日になった。
青森から始まって、下北半島を一周し三陸海岸を経て北上山系を超え、遠野から
いよいよ最終コースの中尊寺へ。

遠野から花巻をへて、北上駅前の地下食堂でふるさと料理を食べながら休憩する。
北上駅を出発して平泉ICを出て中尊寺に着くのに2時間ばかり要した。
平泉町は、藤原氏四代ゆかりの史都として知られ、平安時代およそ100年にわた
って絢爛豪華な文化を生み出した地である。
それを象徴する黄金文化をしのばせる中尊寺金色堂や、平安時代の庭園遺跡を
ほぼ完全に残す史跡・名勝の毛越寺をじっくり見て回りました。
金色堂は、芭蕉が「五月雨の 降り残してや 光堂」と詠んでいます。


50年近く前にも中尊寺は訪れているが、その時は、義経が落ち延び急襲を受けて
自害した時に居た高館衣川館(義経堂)に関心が向いていたことを思い出す。
その高台から北上川の戦場跡をしばし眺望していた。

一ノ関ICから東北自動車道にのり、安達太良SAで仮眠して、一気に東京に帰って
きた。