2012年4月28日土曜日

大槌町波板の 本の森 オープニングに祝電

4・7 佐々木格さんと
明日から箱根へ出かける。(オープニングセレモニーに出席できず。)
明後日、被災地大槌のこどもたちに本の読める広場をめざして、佐々木さんが
手作りで仕上げた、<森の図書館>が開館する!
祝電と桃色のコチョウランを、当日に届くよう準備した。

こどもたち 大集合だよ 夢いっぱいの 森の図書館へ!! 
オープニングおめでとうございます。NPO法・人大槌の風   (孔雀の台紙で)

この連休明けに東京を発って新花巻、遠野、釜石経由で5ヶ月ぶりに足を踏み入
れることになるが、この間の変化は、何ほどのものであろうか。先には、人影はま
ばらでクレーン車の音ばかりが自棄に身体を刺激するばかりで、一体どう復興す
るのかさっぱり分からない気持で帰京したが。
今回は、佐々木さんと<森の図書館>で、これから継続する本の収集について、
運営をめぐって、イヴェントのしかけなどについて ゆっくり語り合ってみたいと思
っています。他にも2,3目指すものがあるので、一歩進めたい。

【コメント&批評 37】
*記憶を記録にとのおもいで著したとの事ですが、
読み進むうちに記憶違いのこと、またその時代が
昨日のようによみがえる事が多々ありました。
洋泉社起ち上げ時、相当なご準備をされ熱い思
いで出港されました事、紀伊國屋書店の斎藤氏も
参画しての事、ましてや洋泉社の社名を決める際
の埴谷氏とのやりとりは大変感じ入った次第です。
一生ものの名前がいかに大事か、
埴谷氏の泉は海原、母なるいずみ、安定しており
未来を予感させるね、、、というあたり、まさに発展
した現在の洋泉社をお見通した如くであり、素晴ら
しい命名だと感じています。
私は取次の人間であり出版社の細かなことまでは
知り得ませんが、新刊点数、既刊点数、増刷点数
については、大変興味がありました。発展の推移
をみて、大きく成長を遂げられた由、この間大変な
ご努力とさまざまなご辛抱をしながらあらゆる事、
あらゆる方面に行動されました事、本当に頭が下
がる思いであります。
出版社としては質の良いものをつくりたい、でも売
れなければ困る、その辺の葛藤は尋常ではないも
のを感じますが、読ませていただいて感じましたの
はやはり企画力ではないかということです。
当節の事象の読みであり切り口の鋭さにあるのか
と考えます。藤森さんから現場へのその呼吸が良く
感じられました。
この私記はよくよく読んでいますと、洋泉社のみあ
らず業界の変遷史でもあります。その時代を反映し
たベストセラー、繰り返される返品問題等、業界に
いる人間として、あの時はそうだ、、、という事が沢
山ありました。
出版活動の中で藤森さんに感じますのは、多くの
知人、友人、支援者の方々がいらっしゃるというこ
とです。ひとつのものを手掛けますといろんな関連
のところから支援が集まるという素晴らしさです。
実に多彩です。
平成3年のくだりでは不肖私も出てきます。当時、
関東第1課が馬場さん、第2課が私でした。懐かし
く思い出されます。
先の見えない中で創業され、成長して今ある会社
にされたこと、素晴らしいことで、まだまだ敬意を表
すものですが、私はむしろ27年間の経過のなかで
なんとも粘り強い藤森さんを見た思いが致します。
その粘り強さが成功を導いた事であり、そのことに
深く共鳴をいたすものであります。(後略) 
   関川T 


2012年4月27日金曜日

5月9日に大鎚へ

大槌湾に面する新町、安度地区
大槌町波板の佐々木さんから、<森の図書館>(ベルガーディア鯨山)オープンの
案内が届いた。支援者への感謝の気持ちをこめ、オープンセレモニーを4月29日に
催うされる。いよいよ開館なんだ!もちろんこどもは優先優待になるらしい。
参加したい気持ちに逸りながら、どうしても訪ねるのは先になる事情あって、ぼくは
5月9から一週間の予定で足を運ぶ。
その時に、東京から友人で民俗学者でもある増田S女史が、初めて、被災地の大槌
に入り、緊急食糧保管事情などの調査聞き取りをする。
800百人が救われたという「命の釜」が高台にある安度小学校の倉庫に保管されて
いていて、いざというときのために炊き出しの練習もしていた。釜石製鉄所が近隣に
あってこその準備だったのであろうか。
こうした事例を記録し蓄積していくことこそが、災間の備えなのだろう。

【コメント&批評 36】
*早速ながら、この度、鎌塚正氏の口添えにより、
 『洋泉社私記』を御贈呈下さり、誠に有難うござ
 いました。
 御著書の随所に出版社の本道と志を持って苦難
 をものともせず、貫徹された努力がうかがい知る
 事ができ、なにより感動、感激しました。
 また、各頁に出版人、取次会社の担当者の名前
 が紹介されており、大変懐かしく読ませていただ
 きました。
 社内にも回覧するよう指示いたしました。(後略)
                        大矢J

*2001年のところで、里川の会が藤森様とのご
 縁により、御茶ノ水の「千人同心」で開催されたこ
 とを見つけ、大変うれし思いました。細かく綴られ
 た記録により、再認識させられました。
 桑原才介さんの御著書が、創業の年に発刊され
 たこと。そして27年の軌跡を装丁された中山銀士
 さん。おふた方とも、うれしい固有名詞です。
 中山さんとは、西岡直樹さんのプチ出版パーティ
 ー(『インド花綴り』木犀社刊)でお目にかかりまし
 た。もう、何年になりますか。
                        山岡A

2012年4月26日木曜日

福島龍哉さんの祝辞


福島龍哉さん(元日販副社長)

福島さんは83歳になられているが、お元気で会合にも顔を出される。洋泉社が新
しく雑誌口座取得の交渉に入った際、多大なサポートをいただいた。その当時、
窓口で折衝した担当者が、今では部長や課長で活躍している方が何人かいるが、
懐かしく思われる。
このたびの会へも、福島さんには腰痛をおして駆けつけていただき代表挨拶をい
ただいた。本当に有難うございました。

洋泉社を興されて30年近く、数多くの出版物を刊行されてこられたことに改めて
敬意を表したいと存じます。恐らく藤森さんは「好きなこと」を続けてこられたので
他人様が感ずるほどの苦労とは思ってはいないのでは、、、、と、勝手に推測し
たりもしております。
とはいえ、いつも順風満帆の時ばかりだったとは限らないのが正に世の常。
思いの他、売れなかった「本」もあっただろうし、その折々の苦しみや悩みを何度
も乗り越えてこられたのであろうことは想像できます。
『洋泉社私記』を読ませていただき、改めて藤森さんがご苦労され、そしてそれを
乗り越えてきた「頑張りや奮戦の数々」が随所にみられ、改めて頼もしく感ぜら
れた次第です。
もう一つ、一時期、私自身も課長として在籍しておりました、日販・弘報課のメイ
ン刊行物であります「日販通信」の卷頭をいろどっていた「書店との出会い」とい
うテーマの中から選んだ作品集を『本屋さんとの出会い』というタイトルで洋泉社
から刊行していただきました。
当時の日販弘報課の川口昭君も発起人メンバーの一人として、本日は参加して
おります。
本日、「藤森さんを囲む会」に出席したお陰で、古い仲間とも久しぶりに顔を会わ
せることができた喜びと、本日、主賓である藤森さんが今後も、ますます大きな
飛躍をされることを祈念しながら、お祝いの言葉とさせていただきます。

2012年4月21日土曜日

ほんの森 4月29日にオープン!

名栗川の桜並木
急に思い立って 芽吹く山脈と桜狩りに車で出かける。相方が立川高校時代に、
社研の活動、山村調査で何度か通ったという青梅市成木の川沿いの三色の梅、
山桜、カンゾウ、みつ葉つつじなどを観ながら名栗の有馬ダムまでのドライヴを
楽しむ。
そのドライヴ中に、大槌吉里吉里の佐々木さんから電話が入った。(偶然だが、
先だって、電話を受けたのも軽井沢からの岐路の関越道走行中だったが、、。)
石の家(ほんの森)のオープニングセレモニーを4月29日(日曜日)に行う趣旨の
ことだった。残念ながら僕は当日、やんごとなき事により出席できず、5月の早い
時期に訪ねることを約す。
これから、3・11津波被災地・大槌町に、何らかの関心をもち支援をお考えの方
は機会を作って、吉里吉里浪板海岸の佐々木さんの石の家<ほんの森>へ立
ち寄り、見るも好し、さらにサポートしていただければうれしい限りです。

【コメント&批評 35】
*たんたんと熱いですね。
 一時期、出版点数や傾向が似ていたせいか、自
 ら書籍台帳を繰れば、私家版情報センター奮戦
 記も書けるかナア、と思ってしまいました。しかし、
 単行本にまつわり起こる事象は必ずしも初版年
 度とに限らず、やはり本は、、、生き物、キチンと
 年度、月度をつけられていたことに感心いたしま
 した。
                        北川Y
*論創社の森下氏より『洋泉社私記』を拝借し、小
 生の「出版状況クロニクル」に紹介させていただ
 きました。
 (有難うございました。遅ればせながら送らせて
 いただきます。)
 もしよろしければ、「出版人に聞く」シリーズに登
 場していただけないかと思っております。(後略)
                        小田M
*ありがとうございました、、、。
 『ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!』は雑
 誌コードでスタートし、その後、ムックコードで刊
 行したはず。
 (雑誌コードを取得していないで、ムックコードを
 先行取得はできず、名目上の季刊雑誌を刊行
 した経緯の指摘をもらった。)
                      田野邊N

2012年4月19日木曜日

仮面ライダーの「隊長」・濱田晃のこと

濱田晃(4・7の会 中締め役)
4・7の僕を囲む会で中締めを引き受けてくれた浜田君は、学生時代の演劇専修
クラスが一緒だった。
現役の役者(俳優)で活躍しているのは彼だけになったが、舞台、映画に出るだけ
でなく併せて現在、俳優の地位向上と文化施設の拡充をめざし協会の理事として
奮闘している。
1962年、学園、政治闘争あるなかで、演劇実習で「署名人」(清水邦夫・作/第1回
早稲田演博賞)を秋の大学祭で公演したが、舞台進行の半ばにさしかかったとき、
雄弁会の横槍が入り緞帳が強引に下ろされた。その芝居の二人の主役の一人が
浜田君。最近になってそのときのメンバーが集う時に、しばしば50年前の悔しい思
いが話題に上り、再演できたら と夢のよう企画で盛り上がるのであった。
そして、この度、浜田君から会の翌日、以下のメールがあった。

お疲れさまでした。藤森さん第二の山に向かう姿勢に感動しています。大槌での朗
読会ができるようプランニングしましょう。濱田晃

この歳になって友人と連携して、3・11の被災のこどもたちへなにかできる事自体、
うれしい。

【コメント&批評 34】
*(前略)40数年前の未来社での貴君のお姿を想い
 出そうとおもいながら、お顔やお声が不明瞭です。
 誠に申し訳ありません。年末、かつて信毎にいた
 松木氏から突然電話があり、これまた40年ぶりに
 初めて話を交わしました。当時はあの方にいろい
 ろ教えて頂きました。八ツ割など全く門外漢でした
 ので。
 未来社後、30年近い出版事業、大変ご苦労のあっ
 たこと最初の対話からも伺えます。意思と情熱に感
 服。
 後書の履歴で小生と同年と初めて知り、余計当方,,。
                         山下K
*(前略)出版、本づくりに48年もの間 驀進、尽力さ
 れてこられた道程がつづられたご本 ゆっくり読ませ
 ていただきます。
 「洋泉社」の社名のゆらい そうだったのかと納得し
 ました。ひとつの荷をおろし次第、また身軽になられ
 て次のステップ 楽しみにしています。    どうぞ
 お時間がありましたらごゆっくりと由布院の温泉にで
 もお越しいただきますよう。
                         H中曽根

2012年4月18日水曜日

ミスター神保町こと八木福次郎さんを偲ぶ会


日本古書通信
「日本古書通信」を通じて編集者生活79年の生涯を全うした、故人・八木福次郎さん
を偲ぶ会があった。満96歳だった。(4・17 明治大学紫紺館に於いて)
僕は東京に出てきた1959年に、東京古書会館に出入りしている知人に連れられて
行き、大量の古書が競りにかけられる風景を見てカルチャショックを受けた。
その当時から、1000号になろうとする今の「日本古書通信」題字は大きく変わってい
ないように記憶する。
建物は立派なコンクリートで固められた会館に様相を一変しているが、在る場所は
同じだ。そして、洋泉社が一時入居していたヤギビルが斜前にあったのも奇遇を感
じたのものだ。
そして、「古書通信」の発行者が八木壮一になっているが、氏とはヤギビルに社屋移
転した時から懇意にさせていただいている。
<大槌の風>でも協力していただこう思っているところ。

【コメント&批評 33】
*すばらしい27年の思い出とご苦労、読ませてい
ただき感動しました。
作成にあたり大変だったでしょう。毎日〆の日記、
日誌お書きしていたと思います。私も現役の頃は
毎朝社に着くと書いておりました。社の会議、業界
の出来事等、毎年暮れには新しい手帳にファイル
しております。
お話はつきません、ぜひ 湯けむり会旅行でお話
したいと思っています。今、元気で地元男声合唱
団でがんばってます。
田中S
*時系列で~、いろいろ思い出しながら、読ませて
頂きました。
斎藤Sさんの消息、富田さんが亡くなられたこと等
知りました。
中西克己→中西勝美 誤植だと想います。
(指摘、ありがとう。)                       
山西M


2012年4月17日火曜日

松浦唯夫さんのこと

最初の社屋(新宿区矢来町)
洋泉社の草創期から長年お世話になっていた松浦唯夫さん(税務会計士)が4月
12日に急逝した。83歳だった。
昨日、国分寺の祥應寺さわだ斎場で執り行われた通夜に参列した。
松浦さんには、洋泉社のほとんど最初から、不慣れな経理事務を御指導いただき
助けられた。最後にお会いしたのは、僕が慈恵医大の眼科へ定期健診で訪れた
ときで、糖尿病で通院中とのことだった。そして、亡くなる2週間前にお元気な様子
の葉書をいただいていたので、驚きました。

4・7の会の世話人への葉書より。
私は、株式会社洋泉社の会計事務を永年担当してまいりましたが 温かい人柄の
藤森さんには、お会いする度に心温まる思いを致しておりました。今回先輩、友人
の方々が囲む会を開催されることのご案内を頂き、むべなるかなとの思いをいたし
ております。今般折角のご案内ですが、4月7日は旧満州時代の中学の同窓会を
長崎県の平戸で開催予定があり、私幹事として参加予定しておりますので、大変
残念ながら囲む会は、欠席ささて頂きます。
どうか藤森さんには、よろしくお伝え下さるようお願いいたします。
満州時代のことは少し伺っていたが、長崎については初めて葉書で知りました。
もしかして、松浦藩に関係あるのかな などと想ったりしています。合掌。

【読書&本の周辺 5】
『生存者──3・11大槌町、津波てんでんこ』
根岸康雄著(双葉社・刊)
本書の著者については、8月に佐々木さんを訪ね
た時、取材者の人選を要請され協力した と言わ
れていた。
巨大津波のなかで、生と死を分けた紙一重の生
存者側への聞き書きで構成される迫真の記録で
あるが、微妙な感情が沸き立つ。
佐々木さんと電話で話したところによると、違和
感を感じられているようだった。
本書については、後日、もう少しふれたい。
(日の出イオン未来屋で購入)