未来社から『信濃の民話』が双書・日本の民話の第1巻として刊行されたのは
1957年のことです。この年につづけて『岩手の民話』、『越後の民話』、
『伊豆の民話』が配本になっている。
この民話シリーズは、旧国名、県名を冠にしているが、後々まで冠地域のもの
が出るとそこの所在書店へ出かけて販売促進をしていた。
僕が入社前のエピソードだが、当時の営業部長・小汀良久さんは「民話」販売
促進のため信州上田市と飯田市の平安堂(グループ)へ出かける。そこで信州
の風土に溶け込み郷土意識を醸成しつつ大量販売につなげたことが教訓として
残されている。この原点から東北、東海、四国、九州、山陰と東奔西走の活躍
が語り草になっている。(元社会思想社鎌塚さんの話)
そして、長年根気よく積みかさねた双書が55巻に達していた頃(1973年)
図書月販(ほるぷ)から月販商品として取り扱いの依頼がきた。
西谷社長はおいしい話だが、なにせこれまでの相手は大手の完結全集のセット
販売の実績(平凡社「世界大百科事典」など)で慎重にならざるを得なかった
のである。
数度の交渉で、製作はほるぷ、未来社はロイヤルティー方式になった。
いざゴー(初版3000セット)となり、一か月足らずで完売。
爾来三年間余りで、合計約11万セット(未来社版換算で約570万部)が売
れたことになる。ここまで伸ばせた背景はセールスし易い商品との評価だった。
2020年9月7日月曜日
2020年9月6日日曜日
難しい選択 2953
鳴門海峡うず潮の旅 記憶の断層97 2952
![]() |
| 鳴門海峡渦潮(影:pen) |
フェリーで淡路島へ渡る。
幅1.3㎞の狭い鳴門海峡は、複雑な潮の満ち引きで瀬戸内海側と外界側に最大
1.7mもの落差が生じ、そのときに発生するのが渦潮。偶然に大潮の時に遭遇
し、直径20mあろうかという渦巻きが何重にも出現する壮観さに圧倒された。
寅さん映画でおなじみの香具師の口上。「さあ、お立会い。物の始まりが一つ
ならば国の始まりが大和の国。島の始まりが淡路島ならば、、、」があるが、
イザナギ、イザナミが海を掻きまわして国を誕生させた際、矛のしずくが固ま
ってできたという「おのころ島」だ。下船して、津名一宮icから南淡路島icを出
たところの南あわじ市(旧三原町)に「おのころ島神社」大鳥居がそびえ立つ。
東京からクルマで1050㌔。
(←ブログ:2020・8・23「リアス式海岸 英虞湾へ 記憶の断層96」2939)
2020年9月4日金曜日
麦藁帽坊主に出でしヤモリかな 2951
| 2020・9・4 影:ncan |
カンカン照りの陽ざしのなかで、汗をぬぐうため麦わら帽子を取ると、なんと
ヤモリが三和土に飛び跳ねるではないですか!
金魚の水槽掃除と水全取り換えを水道マスでしていた。その最中からハットの
内側の額の左右から脳天で虫らしき物が動く気配を数度感じたが、暑さのなか
で噴き出す汗ぐらいに思い帽子を取ることもせず清掃に熱中していた。
一段落して汗蒸せた麦藁帽を乾かそうと取ったところ、ヤモリが飛び出し前段
の騒ぎになる。
yuは腰抜かし一切見ることしなかったが、前に夜ガラス越しに見たモノより
小さくオタマジャクシぐらいの子どもに見えた。
いつもと違った夏も過ぎていく。禁欲的に生活してきた自身の回りを見つめ直
し、庭いじりやらミニチュア飼育に趣味っている。それに関した趣味本も読ん
でみる日常の異変に気づく。独生活が思わぬ自然の環境淘汰につながったのであ
れば、否定するにおよぶまい。
2020年9月3日木曜日
『誰もがそれを知っている』を見る 2950
現代イランの実力派監督アスガー・ファルファデイ。
キャストはスペインの大スター夫婦、ハビエル・バルデム&ペネロぺ・クルス
夫婦共演の映画となると、どうしても過去の作品で演じた記憶が残像として残
るので、最新作でも実生活を踏まえたうえで観る者に共有されることになる。
スクリーンでの確かな演技力をたかめてきている二人と強力タッグを組むこと
で、息詰まるサスペンスになっている。
妹の結婚式に出席するため、娘のイレーネたちとスペインの郷里の村に帰って
きたラウラ(ペネロペ・クルス)。彼女は家族や幼な馴染でかつての恋人パコ
(ハビエル・バルデム)などが登場し旧交を温める陽気なシーンがつづく。
ところが、教会の結婚式後のにぎやかな祝賀パーティーのさなか娘のイレーネ
が失踪し誘拐事件になる。
やがて犯人から身代金要求のメッセージが届き、金の工面を巡って、ファミリ
と隣人の意外な秘密が明らかになり、それぞれの関係に亀裂が広がる心理劇に
引き込まれる。
ペネロペ・クルスが若い時のブリジット・バルドー往時を彷彿させられた。
(←ブログ:2020・2・7 「『ナイブズ・アウト』を観る」2739)
(← :2020・2・9 「仲代達矢主演の『帰郷』を観る」2742)
(← :2020・3・21 「コッポラ『ゴッドファーザー』を観る」2783)
(← :2020・4・14 「『園子温という生きもの』を観る」2807)
(← :2020・6・9 「映画『ニッポン国vs泉南石綿村』を観る」2864)
(← :2020・7・2 「パラサイト 半地下の家族」を観る」2887)
(← :2020・7・12 「ホアキン・フェニックス『ジョーカー』」2897)
(← :2020・7・19 「『惡の華』を観る」2904)
(← :2020・8・2 「真利子哲也の『宮本から君へ』」2918)
キャストはスペインの大スター夫婦、ハビエル・バルデム&ペネロぺ・クルス
夫婦共演の映画となると、どうしても過去の作品で演じた記憶が残像として残
るので、最新作でも実生活を踏まえたうえで観る者に共有されることになる。
スクリーンでの確かな演技力をたかめてきている二人と強力タッグを組むこと
で、息詰まるサスペンスになっている。
妹の結婚式に出席するため、娘のイレーネたちとスペインの郷里の村に帰って
きたラウラ(ペネロペ・クルス)。彼女は家族や幼な馴染でかつての恋人パコ
(ハビエル・バルデム)などが登場し旧交を温める陽気なシーンがつづく。
ところが、教会の結婚式後のにぎやかな祝賀パーティーのさなか娘のイレーネ
が失踪し誘拐事件になる。
やがて犯人から身代金要求のメッセージが届き、金の工面を巡って、ファミリ
と隣人の意外な秘密が明らかになり、それぞれの関係に亀裂が広がる心理劇に
引き込まれる。
ペネロペ・クルスが若い時のブリジット・バルドー往時を彷彿させられた。
(←ブログ:2020・2・7 「『ナイブズ・アウト』を観る」2739)
(← :2020・2・9 「仲代達矢主演の『帰郷』を観る」2742)
(← :2020・3・21 「コッポラ『ゴッドファーザー』を観る」2783)
(← :2020・4・14 「『園子温という生きもの』を観る」2807)
(← :2020・6・9 「映画『ニッポン国vs泉南石綿村』を観る」2864)
(← :2020・7・2 「パラサイト 半地下の家族」を観る」2887)
(← :2020・7・12 「ホアキン・フェニックス『ジョーカー』」2897)
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2020年9月2日水曜日
姓は藤川 名は球児 タイガースユニ脱ぐ2949
球児、残りシーズン2か月半、プロ野球人生22年間に終止符を打つ。
たしかに今シーズンにかぎっては、接戦の試合で9回に球児が登板しても安全パイで見られず、先頭打者を出そうものなら危ない予感が的中するケースが何
試合かあった。
ドラフト1位で入団し、岡田(2軍監督時代)に先発からリリーフ転向を勧め
られ、あのJFK(ウィリアムス・藤川・久保田トリオ)が誕生した。
2005年から試合の流れが変わる場面の多い7回から、この団子3兄弟に声
がかかるようだと、シメシメと思いながら観戦したものです。
絶頂期の球児は、一番ボールが速かった。打者の胸元で浮き上がるストレート
とフォークさえあればほかの変化球は必要なかったのだろう。
いろんなドラマを見せてくれ、何度も不死鳥のようによみがえり、こんなにも
長い間プレーヤーにしてなおタイガースを心底大事にしている姿に感動。これ
からも阪神タイガースと共にあってほしい。
そして藤川球児、僕は姓が「藤」の付く選手に惹かれ、熱いファンにもなった。
2020年9月1日火曜日
災害記号を地図上に明記されることに 2948
![]() |
| 大槌津波伝承碑 |
過去の津波や地震、土砂災害など自然災害伝承の石碑やモニュメントをのこす
ケースが増えている。そして、教訓を周知する狙いで国土地理院が新たな地図
記号として追加した。(紙の地形図では19年9月発行分から掲載始め。)
記号が地図上で明記され目立てば、当時の教訓を繰り返し周知できることにな
る。また、旅ついでに被災地を訪ねることもでき災間の伝承につながる。
登録碑でもっとも古いのは1814年建立の「松崎の碑」(島根県益田市)。
3・11被災地大槌町の「大海嘯記念碑」は、今回の大津波に襲われるも残った。
昭和8年3月3日。地震ノ時 午前2時30分 津波襲来 午前3時 津波ノ
高 十五尺
一、地震があったら津波の用心せよ
一、津波が来たら高い所へ逃げよ
一、危険な地帯に住居をするな
以下に、被害状況が刻まれている。
3・11で家を流出した90余歳だった義祖母は、日頃から常備していた風呂
敷包みだけ携えて、とっさに菩提寺の裏山にのぼったのである。
(←ブログ:2020・5・20 「『走れ!私のローカル線』海外版でも」2843)
(←ブログ:2020・5・24 「この年頃の子どもたちの笑顔は」2846)
(←ブログ:2020・7・11 「岩手大槌ギンザケとトラウトサーモン」2896)
記号が地図上で明記され目立てば、当時の教訓を繰り返し周知できることにな
る。また、旅ついでに被災地を訪ねることもでき災間の伝承につながる。
登録碑でもっとも古いのは1814年建立の「松崎の碑」(島根県益田市)。
3・11被災地大槌町の「大海嘯記念碑」は、今回の大津波に襲われるも残った。
昭和8年3月3日。地震ノ時 午前2時30分 津波襲来 午前3時 津波ノ
高 十五尺
一、地震があったら津波の用心せよ
一、津波が来たら高い所へ逃げよ
一、危険な地帯に住居をするな
以下に、被害状況が刻まれている。
3・11で家を流出した90余歳だった義祖母は、日頃から常備していた風呂
敷包みだけ携えて、とっさに菩提寺の裏山にのぼったのである。
(←ブログ:2020・5・20 「『走れ!私のローカル線』海外版でも」2843)
(←ブログ:2020・5・24 「この年頃の子どもたちの笑顔は」2846)
(←ブログ:2020・7・11 「岩手大槌ギンザケとトラウトサーモン」2896)
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