2019年6月7日金曜日

祝 『笑う 神さま図鑑』出版       2495

書影
新刊として出たばかりの『笑う  神さま図鑑』(言視舎刊)の著者・川副秀樹
さんを囲む版元主催の宴会に出席。

川副さんはこれまで数度、酒席で一緒になったことがある。
きょうは隣席になったので、これまでに読んだことのある『浅草と高尾山の不
思議』など、フォークロア的視点の強い著作を介して、彼自身の民俗学への途
を聞いてみることができた。在野の研究者だが、フイ―ルドワークの領域は多
彩ながら視点がハッキリしているから解りやすくおもしろい。

高尾山ボランティア活動や武蔵野市「古文書の会」会員であり、資料収集など
も豊富で、それを基に「歴史散歩」を企図し実行ているらしい。

2019年6月6日木曜日

追悼 十十木哲夫          2494

笑顔の十十木さん(影:Pen)
嗚呼!想いでのいっぱいあるトドキさんが亡くなった。

先月末に「やすい会」が、西武線久米川駅前の中国料理店であったが、その宴
席冒頭で世話役のタキイさんから会友の十十木さんの闘病報告があった。
そのとき、入院中の本人と直接会話できなかったと聞き、厳しい状況にあるの
を知った。ところが、すでにその前日亡くなっていたと今知ることとなり、生
ある人間の不条理をひしひしと実感させられる。


トーハン弘前支店や仙台支店長を歴任したことのある彼からは、多くの有益な
サポートをもらった、、。
そして、この歴史あるやすい会へ初めて誘ったのは1986年の新宿「青梅雨」へ
だった。新宿紀伊國屋書店の取次担当で人文社会科学系出版社との付き合いは
好むところでメンバーとの交流も深まっていった。
いまではほとんどが、現役を退き悠々自適に過ごすひとが多いなか十十木さん
も広い農園で四季折々の野菜果樹の収穫を楽しみながら、詩吟を吟じると一流
の域に達していたが、、。
人と人との交流、縁を大変大事にする人柄でした。
合掌。


2019年6月5日水曜日

植村美恵子さんを悼む        2493

未來社OB会のヨシダ君から、近況報告かと思いきや、同僚だった植村美恵子
さん死去を親族から知らされたとの、メールをもらった。

一月に未來社元編集長、影書房代表だった松本昌次さんが亡くなり、つづけて
植村さんの訃報に接すると、一人また一人と消えていく悲哀をひしひしと感じ
ます。
僕が未来社に入社したのは1964年で、そのとき植村美恵子さんと秋山順子
さん(故人)も相次いでいる。
それから55年経って、現実に遭遇する「彼岸の人」の物語の何と多いことよ。

植村さんは、現役を引退してから出版クラブで囲碁を始め、めきめきと腕を上
げ出版関係者の大会で入賞をしているとも聞く。
今春新年会で集まったNk君や果樹園農業に精を出すTm君と、今年中に女性
たちにも声掛けしてOB会を定例化しようと発案していたことなのに、偲ぶ会
になろうとは、残念です。
合掌。

2019年6月4日火曜日

クワの花序を食する         2492

2019-6-4 影:Ncan
駐車場の垣根に桑の木が植わっている。
何年も過ごしていながら、クワの果実が黒紫に色づいているのを始めてまじ
まじと見た。

わが家の以前の土地は、多摩川沿い高台の桑畑だったらしい。
明治のころ、日本近代化に貢献したのは製糸業だった。青梅から羽村一帯の
養蚕農家はそれを下支えし、蚕が食べる桑の葉の茂る風景が広がっていたと
想像できる。
事実、40年前この地に住み着いたころでも、桑の木や桐の木、柿の木がの
っぱらに残るのを見ることができた。番のキジやウサギもはねていた。

また、美作の田舎でも学校からの下校時に、クワの実を頬張って食べ口の周
りを紫に染めたこともある。最近はマルベリーと呼ばれジャムパンで人気だ。

2019年6月3日月曜日

日本民藝館/藍染の絞り特別展 歩く② 2491

木綿地藍染爨斗目小華繋紋折縫紋着物
民藝館で藍染絞りの第一人者とし知られる片野元彦の仕事・作品展を観ること
ができて幸運。

僕の第二の田舎倉敷は国産ジーンズの故郷児島が近いが、天然の藍染で仕上げ
た「Gパン」ははいていてあきない。ジーンズ工房の玄関口には、藍染の壺が
置かれており染色技術の深みを知ることになる。

天然藍は毎日の世話が必要不可欠であり熟練の技も要します。また、糸で縫絞
り、あるいは折り畳んで紋様をつける絞りの技法も、非常に手間暇のかかる仕
事。そして、後に「片野絞」という独創的な技を見いだした。
本展で片野の絞り染め作品をみたが、感動的で圧倒されました。
天然藍による色の深みと、藍と白のコントラストが醸し出す生き生きとした紋
様の力強さを堪能させてもらった。

(←ブログ:2019-6-1 「東大駒場散策① 日本民藝館」2489)

「さらばラファイエット」を観劇   2490

(2019-6-2影:ncan)
きょうは、早稲田小劇場どらま館公演「百面鏡/さらばラファイエット」を観
に東西線で早稲田へ。
むかし、喫茶店「モンシェリー」があった所に早稲田小劇場どらま館が甦った。

「百面鏡」(脚本・岸本宏)は朗読劇、「さらばラファイエット」(原作レイ
・ブラッドベリ)は一幕劇で、いずれにもわが親友・浜田晃が準主役を張って
いる。
「さらばラファイエット」は、アメリカのレイ・ブラッドベリ原作の短篇
を劇化した反戦ドラマツルギー。
浜田晃は、1960年に早大劇団・自由舞台に入団した35期生。それからずっ
と現役で舞台、映画、TVで芸歴を高めてきた一途な男。
そして、ここに参加するのが二瓶鮫一(32期)、岸本宏(36期)、紅一点田畑
ゆり(劇団民藝)に演出の緒方陽一(36期)。

芝居が跳ねたあと、専修が一緒のゴトウ、ウメハラ君と高田馬場へ繰り出し、
劇評を交えながらシコタマ飲みました。

(←ブログ:2019-3-19 「浜の芝居で内藤君の快気祝い」2414)

2019年6月1日土曜日

駒場~民芸館&前田侯爵定邸を巡る① 2489

2019-6-1影:ncan
早朝8時前に家を出て、吉祥寺乗り換え井の頭線で、東大駒場駅前へ。
この駅に降り立つのは1960年の夏以来だが、景観が変わりほとんど思い出
せない。

駒場散策だが、今回はポイントを絞り日本民芸館及び旧前田侯爵邸洋館・和館
の内部と展示を見学(フリー)。
駒場の地が幕府の鷹狩りの場所であったため、紀州徳川家の下屋敷がつくられ
た。
明治になると旧佐賀藩鍋島家が明治9年に払い下げをうけ、士族の救済のため
「松濤園」という茶園の経営を始める。
そして、茶園も廃止され明治37年鍋島農場「畑果樹園種畜牧場」となったが、
関東大震災後、分譲地となり、高級住宅地として事業家、政府要人、著名人の
邸宅へと変貌していく。かつては、大岡昇平や三島由紀夫の邸宅があった。

駒場野公園→駒場公園→
☆日本民芸館、、
創設者の柳宗悦は、民衆が用いる日用品の美しさに着目しその無名の品に「民
衆的工芸品」を略し「民芸」と名付け、民芸品の蒐集運動を起こした。
(→後日)