津山城下町の移住区域は、武家屋敷、町家、寺社地に大別される。
教師だった父がサイパン島から帰国して、敗戦後の数年は公職追放でぶらぶら
していた。
その一時期、津山城下の「二階町」で喫茶店を開店していたので、数度訪ねた
記憶があること。さらに転校した親友の住まい(医院)が武家屋敷だった「南
新座」にあり、津山に出るとよく本屋に誘い遊んでいたので、あわせて古い記
憶をたどりながら、武家のルーツまで探索したくなったと云うわけです。
城下の中心になった町は京町で、津山城大手口の南面に置かれた東京町と二階
町門の西京町とからなる。東京町は全町政の中心的役割を果たし、西京町は後
に二階町と称されたが、町内に旅籠町・馬方町・八百屋町の小路があるように
全町の経済・運輸の中心であったようだ。
いまに思うと確かに、二階町には商人宿風旅館や八百屋、魚屋、そして古い銭
湯などが在った。
東京町と西京町の間に堺町(改称)があり、そこの行列になるパン屋へ買い出
しに行かされるのが楽しかった。

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