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| 津山城下の町家 |
親父は戦後直後から二年ほど津山市二階町で珈琲と軽食を出すパーラーをやっ
ていたことがある。
その店をあえて二階町でオープンしたことには理由がある。
津山城下の中心になった町は京町で、城大手口の南門に置かれた東京町と、二
階町門の西側に置かれた西京町からなる。
東京町は全町政の中心的役割を果たした。一方西京町は、後に二階町と称され
町内に旅籠町・馬方町・八百屋町の小路があるように、全町の経済と運輸の中
心であったようです。
家系は津山藩に係累しており本家の寺町墓所が比較的近い場所で、その辺への
関心があったと後々になって思ってみた。
僕が小学校入学前のことで、記憶は薄れているが母方の祖父に連れられて春、
夏に店に行ったことがある。おいなりを食べて、カルピスの味を始めてしって
美味い!と思った。
店であり細長い住まいの近くには、八百屋さんや豆腐屋、駄菓子屋そして当時
としてはモダンな作りたてのパンを販売する店なども軒を連ねていた。
(←ブログ:2021・9・6 「津山城築城にふれて」3318)

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