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| カーヒー国民学校入学/未だ父見つからず(1941・4) |
云う冊子が出てきた。
この沖縄の南洋諸島とのかかわりを記録した一冊は、僕にとって大変貴重な
ものです。
いまは亡き親友・門倉弘がサイパンに行き、帰ってきて、テニアンの記録を持
っていたので手紙と一緒に送ってくれたものです。
さらにその前段があって、「鈴木から、お父さんがサイパンで先生をしていたと
ききました。」としたためてあった。
いまではその二人とも居ないが、この82頁のビジュアル版を通じて深いつなが
りを感じています。
本誌は、サイパンの南に位置するサイパン支庁・テニアン島に沖縄からサトウ
キビ栽培のために渡航して、徐々に店舗、住宅が建設され市街地が形成され
る背景を記録しています。
そのなかで、なによりも僕にとって関心を引きつけられたのは「南洋の学び舎」
の項目で、尋常小学校の設置から1941年(昭和16年)に国民学校(初等科、
高等科)に改称される過程の児童数や教職員の写真でした。
1941年は、父が渡航して赴任した年です。
このことで、まだ見たことのないサイパン島支庁にももっと詳しい文献や記録写
真が残っていると確信ができたことです。
→続編へ。

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