2023年3月14日火曜日

佐藤厚志「荒地の家族」を読む    3771

あの震災から12年が経った。
それからの歳月を、造園業(剪定士)を営む平凡な日常ながら大地を踏みしめ
生きる主人公(坂井祐治)と、妻や友人の物語。

場所は仙台市の南にある亘理町とされる。「荒地」は亘理のリアルではなく、
心のなかの災厄な「風景」として描かれている。
祐治は、最愛の妻を病で、そしてやがて友人・明夫を自死で失ってしまう。
最期に明夫が、祐治たちにさくらんぼを配って回る場面が印象に残った。
亘理橋、阿武隈川に蔵王連峰、仙台湾、釜石港、巨大な防潮堤、川と海の境目
で釣りをしながら思いをめぐらす祐治の静かな姿がある。
12年前にこの沿岸一帯は大津波によって人々を飲み込んでいった。
東日本大震災を文学として表出する難しさを指し示している。

追悼 大江健三郎さん        3770


大江健三郎さんが亡くなったことをTVニュースで知った。88歳。

青年大江健三郎を知っていて、老衰でこの世から去ることを一瞬不思議な気が
した。
大江の印象は、小説にして評論でも常に真実をもどかしそうにひねり喋り出そ
うとするが、容易に言魂が出てこない動作についてである。
核兵器廃絶と平和とは、憲法9条が平和憲法であり護持することで戦争をしな
い課題を追求してきた。
ある種、「楽観観主義」の意志をもちつうづける愚直さこそ、しばらく追い続
けなければならない。
『ヒロシマ・ノート』(岩波書店刊)再読。
合掌。

2023年3月13日月曜日

脱マスク/「個人の判断」初日    3769

新型コロナウイルス感染対策として完全に定着してきたマスク着用を13日から
緩和する方針が出た。

マスクをする、しないは「個人の判断」に委ねられた。
夕方、ウォーキングの途中、羽村駅の乗降客を見てみたが、100人中二人のみ
がノーマスクで着用する人の姿が圧倒的に目立った。花粉症対策も兼ねた着用
もあるだろうが、未だまだ同調圧力の要素もあってマスク風景はつづきそうだ。
僕は極力マスクを外すつもりだが、自らの意思に反して着脱を強いられること
の無いようにしたいものだ。

高尾で観梅/小仏関所梅林       3768

高尾・観梅 ’23・3・12影:ncan
JR高尾駅前に10時集合。
白井+㋜の会のメンバー揃ったところで、早速旧甲州街道を目的地へ向かい、
ぶらぶら歩く。
宴席は小仏関所梅林。10時半から始まって5時間のロングランでした。
最初は満開の梅を見ながら梅酒で乾杯。そのうち三年ぶりの顔合わせで話が弾
み、「赤霧」を水割り、お湯割りで呑むひと、ヒラノさんはうまいウマいと生
で進みついに酩酊してしまった。 

2023年3月12日日曜日

東日本大震災12年/大槌町は今     3767

「広報/おおつち」3月号
きょう3月11日、東日本大震災地はあの日から12年となる朝をむかえた。

そんなに年月がたったのか。12年前、遠野から釜石経由で大槌町にやっとの思
いでたどり着いて、目のあたりにした荒野は昨日のように鮮明に目に焼き付い
ている。
走る車窓に広がる一面の瓦礫。先行する救援隊の車が臭気を含んだ砂埃を巻き
上げている。とても干支が一巡した感覚にはなれないでいる。

大震災の死者:1万5900人、行方不明:2523人、震災関連死:3789人に上る。
大津波が押し寄せた沿岸部では、防潮堤や記念の建物や公園などの整備は大方
完了しつつあるが、原発事故の影響で避難を余儀なくされ3万人以上が避難生
活している。

2023年3月10日金曜日

啓蟄 グイビの木青葉芽吹く     3766

田舎の家の庭先に、低木ながらこんもり繁ったグイビ(茱萸)の木があった。
春の苗代時に楕円形の果実が熟し食べられる。その味が子供の頃の甘酸っぱい
思い出として未だのこっている。

グイビの木のある風景を再現させようと思って、昨年、苗木を入手して裏庭に
植樹した。ところが、間もなく落葉して丸裸になってしまい、失敗を覚悟する
冬越しになっていた。うれしいことに、しっかり青葉が出てきた。

2023年3月8日水曜日

岡山・作州津山一万歩巡り BSを観る 3765

数人の友人からTVで「津山特集」やるよ、とメールがあった。
最初の10分ほど見逃したが、我が見慣れた城下町を歩くレポータの中山秀征が
映し出された。

津山城下町は、城(鶴山)を中心に町が形成されている。
城の東側は、ナマコ壁や隣家との境にうだつを設けた町家が軒をつらねた城東
エリア、西側は寺社が多く大正時代の洋館も残るなど商業で栄えた城塞エリア。

この日の一万歩ウォーキングは津山城から城西~城東へ。
珈琲館、大正ロマンの建物の二階へ。 
蘭学者・宇田川榕菴の飲んだと云う珈琲を味わいながら、漢字の意味を追求。
榕菴は「珈琲」「酸素」などの漢字を考案した。新しい言葉を次々と生み出す。
京都に似た町づくりめざす、だんじり、山車の展示場をみる。
ホルモンうどん鉄板焼を実地見分。醤油と味噌にホルモンから出た油のブレン
ドで仕上がったもちもちに感動して美味いとおらぶ。
和菓子屋・京御門へ。代表する銘菓「桐重ね」白あんに柚子の絶妙の味わい。
京都京町で修業。この町名も京町で前の道が「出雲街道」。隣接して二階町。

ペリーとのつながりは、ペリーの文書を日本語に翻訳したのが津山藩蘭学者・
箕作阮甫。