2014年7月22日火曜日

続々・丸山眞男のこと            709

書影/本棚から

1968年の東大紛争では一転、丸山眞男は「戦後民主主義の申し子」であるはずの
学生たちの矢面にさらされた。
大事な資料を守るため大学に泊り込んでいた丸山は、研究室を占拠する全共闘の
学生らに「ファシストでもやらなかったことを、やるのか」、と激高したと言う。
全共闘的主体性は、内なるロマンの爆発だけで、自由に行き交う思想と結びついて
いないのではないかと、疑問を呈するにいたる。

インタヴューで丸山と親交のあった折原浩は、尊敬する教授が紛争に沈黙され続け
る姿勢に、意見を文書で出すことになる。この「沈黙」こそが、目に見えない壁を乗り
越えることができない、現在の大学の退廃ではないかと。
そして加藤尚武は、丸山の姿勢を古き良き大学を維持したい方だから必然の帰結、
と言っているが、、、。さて、、。

丸山が海外から帰国して戦争体験について重い口を開いた意味。
広島宇治の陸軍司令部の建物の裏側に居て被爆はしてないが、三日後には爆心
地に入り救援と調査に携わっている。被爆者への特別なおもいは強く、また核兵器
に対する、被爆国であるからこそ世界に向かっての発言は辛辣です。
「なんって、お前たちは馬鹿だ!」

東大紛争後に、自責の念と失望から大学を去り、かつての三島市での庶民大学など
を引き継ぐ形で、全国行脚する丸山塾を実践活動の場としていった。
仲間意識だけではダメで、他者と横につながることを勧めている。
永久革命としての民主主義、世界を見てもこの形態にフィニッシュはなく、永続過程
にあると。

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