2018年11月30日金曜日

朗読劇『侍』を観る         2305

早大自由舞台の会・『侍』(2018・11・30 影:tab)
原作・遠藤周作の朗読劇『侍』を「中野小劇場」で観る。
早大自由舞台の会第3回公演。

今回も浜田晃出演と云うことで、演劇専修仲間である後藤君の呼びかけに内藤君
と藤森が加わり、誰が言ったか「三藤組」での観劇になった。
さらに、出演者に寺村陽子さんが初出演で参加しているので、演じる側、観る側
五人のクラス会になった。

主演クラスの浜田の声の通りがいつもより悪く、年齢からくるものなのか、体調
不良なのか、朗読劇ゆえになお更気になった。
役者修行は、尽きぬ苦しさがともなうものであろうかと思う。

話は、四百年以上前にさかのぼる。伊達政宗から遣わされた支倉常長を大使とす
る日本人26名の使節(慶長遣欧使節)は、太平洋と大西洋の荒波を越えてスペ
インのコリアに上陸、、、。
内容は、前回公演の遠藤周作の『沈黙』がキリスト教の問題をあつかっていたよ
うに、今回の『侍』もまた日本文化とヨーロッパ文化との差異とその壁を超える
困難さ加減を追求している。
そして、朗読劇の強みは、作者の書かれた文体を生身で語ることによって、想像
力がかりたてられる。



2018年11月29日木曜日

或るノートから「千曲川旅情の歌」  2304

(影:pen)
千曲川のほとり、信州小諸には、懐古園の夜桜を観にわざわざ出かけたり、軽井
沢にスケートリンクがあった頃、体育の単位教習に行ったついでに寄ってみたり
すること度々でした。

藤村の詩を、自己流ノートして残している。(20代)

小諸なる古城のほとり  なる→にある。(文語の指定の助詞)ほとり→近く

雲白く遊子悲しむ  旅人(籐村)白い雲は旅人のもの思いを一層そそる。

緑なすはこべは萌えず  春いまだ浅く みどりのはこべもまだ萌えない

若草もしくによしなし  若草をしとねとして敷くすべもない 

しろがねのふすまの丘辺  しろがね→白銀・雪 ふすま→ふとん~布団の
             ようにまるい丘



陽に解けて淡雪流る  春さきの消えやすい雪 
温かき光はあれど  接助~あるけれど
野に満つるかをりも知らず  春のかおりはまだない
浅くのみ 春はかすみて
麦の色はつかに青し
旅人の群れはいくつか  旅人の群れ~春になると北陸から行商の群れがくる
畑中の道を急ぎぬ  文語完了の助動詞  
暮れゆけば浅間も見えず  接助 未然形+ば~確定条件 己然形+ば~確定
                             条件~たので
歌かなし佐久の草笛  倒置 佐久の草笛の歌かなし
千曲川いざよふ波の  漂い流れる    
岸近き宿にのぼりつ  文語の完了助動詞~宿にとまった
濁り酒にごれるのみて  どぶろくを、ぐでんぐでんになるまで飲んで
草枕しばし慰む  旅の心
(55年前、中学校国語教師の「study note」から。)

(←ブログ:2017・2・18  「小諸なる古城のほとり/記憶の深層8」1654)

斎藤美奈子著『日本の同時代小説』を読む2303

書影
著者・斎藤美奈子の同時代と云ううことなので、凡そ1970年代から2018年の
50年、日本の作家は何を書き、そして読者は何を読んできたか、である。

あえて第一次安保闘争をいれて、全共闘運動「政治の季節」の終焉。ポストモダ
ーンの洗礼を受けた「オタク」や「J文学」時代。バブル後にオウムがあって世
界経済破綻のショックの一方に、情報化社会、メディア環境の激変。そして格差
社会の到来と二つの大震災、、、。
それでも、小説は書きつづけられ、読みつづけてきている。

中村光夫の『日本の近代小説』、『日本の現代小説』は、明治・大正から昭和の
1960年までの小説のガイドブックで、他の類書も60年代末までで、その後
に適当な入門書がない。
ここまで、1960年代(知識人の凋落)~70年代~80年代~、、2010
年代(ディストピアを超えて)と、10年刻みで小説の歴史的変遷が辿れるもの
か、と感心した。

ただ、辺見庸の作品(評論)が出典されてないのが腑に落ちない。
そして即読んでみたい一冊、多和田葉子の『不死の島』を発見できたのは収穫か。

2018年11月27日火曜日

元紀伊國屋書店の瑞慶村Eさんに遇う 2302

全くの偶然と云うわけではなかったが、西荻窪の毛糸屋さんでズケムラさんに会
うことができた。

新宿紀伊國屋書店の女性社員たちを囲む会を恒常的に持っていたのは、何時の頃
だったろうか。
記録によれば、1988年4月に平根m、瑞慶村さん他と、三省堂書店森雅夫氏
+出版社の会に出席している。また、翌年には「ヒラネ会」のメンバー新井tさん
が退社するので送別会を中芝さんも加わりやったことになっている。こと然様に
仕事とはいえ盛んに交流があったのである。

そして、ズケムラさんも数年後に辞めて、趣味と技術をいかす毛糸の手編みに転
職したのだった。
当時一度だけ、西荻窪のモールの中にある小奇麗な毛糸屋を訪ねたことがあった。
同じ場所にそのまま在ったのには驚いた。それよりも、超久しぶりなのに窓越し
に目線があって、お互いが一瞬にして気づいたのに二度ビックリでした。
近々催す忘年会へ誘ったところ、即決で出席になった。紅一点か!


2018年11月26日月曜日

礼状と写真葉書           2301

三枚のいずれからも差出人の気持ちがひしひしと伝わてくる写真葉書(礼状)を
もらった。

僕が美術館、写真展(個展)に出かけたことへの、手慣れた字で清書された一筆
添えには恐れ入りました。
その一葉は、先日、「青いケシの世界写真展」を開催したヒマラヤ山麓を旅する
山下順子さんからです。故郷が北海道らしく、引き続き札幌・小樽での展示会へ
向かうとのことです。
添えられたphoto「ブータン/メコノプシス・ブータニカ」の妖艶で綺麗なこと、
3~4千メートル山麓のお花畑を楽しむことのできる彼女に乾杯です。
メコノプシス・ブータニカ(山下順子影)
あとは、堺さんの京都の里山風景写真の絵葉書は、展示会で気に入った一枚だっ
たので、二度鑑賞させてもらっている。
もう一葉は、yuがジヴェルニーの「睡蓮」連作を見たときの感動一枚と裏画です。

2018年11月25日日曜日

万治の石仏/記憶の深層㉓      2300

異貌の「万治の石仏」(影:Pen)
諏訪大社下社春宮の裏手を砥川にそって歩くと、突然に驚きの風体が見えてくる。
「万治の石仏」である。

南太平洋イースター島の石仏に想いをはせたり、一瞬岡本太郎の遊びかと思わせ
られたり、イメージが拡散する不思議な仏像なのだ。
角度を変えてみると、半球状にも見えた。
さらに、胴体に比べて、頭が小さいのが目立つのも謎っぽいところです。

諏訪大社に最初に行ったのは50年も前のことです。
だが、その後、「出版エイケン」の仲間と諏訪へ湯けむり旅行を楽しんでいるし、
最近では、前後の「御柱」や「御神渡り」見物のさいにも、刺激的な「万治の石
仏」に会いに寄り道している。


2018年11月24日土曜日

釜石~大槌~宮古間来春に運転再開  2299

3‣11で流された大槌川橋梁(375m)/手前に大槌駅
3・11の大津波で山田線は寸断され、主要な橋梁も流出し駅が全損するなど、
壊滅状態だった。ルート変更やバス路線の案もあったが、やっと来春の運転再開
となった。

三陸鉄道とJR東日本では、運転再開に先立ち宮古~釜石間55-4㌔の沿岸部を
走る山田線の復旧状況を住民に見学会を開催した。(「広報 おおつち」)
釜石駅出発→鵜住居駅→大槌駅→(吉里吉里駅)→浪板海岸駅→陸中山田駅→宮
古駅へ。
さらに、宮古~田老間で北リアス線乗車体験もあり、復旧を喜びあった様子が伝
わってくる。
20代に始まって東日本大震災後、今までこのコースを何度行き来したことか。

第三セクターの三陸鉄道に移管後、来年3月に運転再開。
大槌駅は目と鼻の先、ひょっこりひょうたん島をイメージングした瀟洒な駅にな
って迎えてくれる。早い機会に降り立ってみたい。
3・11後、大槌町の人たちは釜石や宮古の街に出ることもおっくうになりがち
であったろうに、楽しみが増えて、何よりも通学の便が元に戻ることを喜んでい
ることでしょう。

(←ブログ:2018・9・25 「<おおつちタイガース>少年野球で躍動」2239)
(←   :2018・10・18 「大槌まつり/「曳き船」が復活」2262)