2016年6月30日木曜日

孤高の政治学者を悼む       1422

書影(イザラ書房・1977・1刊)
或る政治学者の訃報の知らせがあったのは、6月18日のことでした。

いろんな思いがめぐりそうこうしているうちに、身内のひとから、本当にごく限
られた親族だけで棺をしめたとのことを聞きました。
亡くなったこの人が最初に、「マルクス主義政治学」を唱えた若かりし頃一度
だけ会っている。

最初の政治論文集として、『革命とコンミューン』がイザラ書房から刊行され
たのが1969年だった。
当時ぼくはすでに運動からは離れていたが、思想的影響を受けていた三浦
つとむや梅本克己の論究にこだわっていて、彼もまた三浦の「丸山政治学」
の論考のなかに、自らの直感を理論的に位置づけるのに大いに影響された
とことわっている。
そんなことで、本書の内容についてもちょっとインパクトがあって、一度の遭
遇のなかで、書評と期待を込めて語った記憶がある。
その後は、在野の学究としてブレルことなく、大著『国家論大綱』全2冊を著
に至っている。

新著が出るたびに、変わらない書体で、「謹呈」にはじまって僕の姓名、著者
名を几帳面に署名して送られてきた。 
出身が倉敷で同郷だっただけに、二度と話せぬまま旅立たれたのが残念。
合掌。

2016年6月29日水曜日

『この国の空』           1421

書影
読んで観るか、観て読むか。
今回は観て、再読しました。

高井有一の小説は少なからず読んできた。
と云ううより、高井さんに会ったのが共同通信の文化部記者時代で、書評の依頼
などさしたるアポ入れすることもなく面談してもらった。
ちょうどこの時期、『北の河』で芥川賞を受賞したのにはちょい驚いた記憶がある。
そして、昨年夏に映画化された「この国の空」の原作同名小説が刊行されたのが
1983年12月なので、随分経っている。

映画は、荒井晴彦脚本・監督、出演・二階堂ふみで、舞台となる1945年の東京
空襲下での19歳少女の「一番美しいとき」がなんとも言えないリアリティーを放つ。
毎日のように「この国の空」をめざして飛来する爆撃機の不気味さや、隣人社会
にただよう厭戦感などが静かな映像で迫ってくる。
父のサイパンと重層して、アメリカがマリアナ諸島攻略後の基地化で本土空襲が
過激化したであろうことを再認識させられる。

敗戦から70年たつ今も、「この国の空」がイラク、シリア、パレスチナ自治区に厳
然としてあると云う事実と想像力をかきたててくれる。

(←ブログ:2016・1・29 「『駆け込み女と駆出し男』を観る」1269)
(←    :2016・2・7  「『バンクーバーの朝日』を観る」1278)
(←    :2016・2・18 「『チャイルド44/森に消えた子供たち』1289)
(←    :2016・3・12 「『ブレイキング・バッド』を観ている」1312)
(←    :2016・5・8  「「あん」を観る/樹木希林と市原悦子」1369)
(←    :2016・5・22 「『海街diary』を観る」1383)
(←    :2016・6・21 「「ブリッジ・オブ・スパイ」を観る」1413)


2016年6月28日火曜日

采配にブレはないか        1420



引退して解説者になった彼は、結構和田監督の采配のブレを批判しておきなが
ら、いまどうだろう、、。

まず、負けたときの敗因分析がほとんどなされない。先に広島カープとの3連戦
を無様な逆転負けを喫しているが、9回一死1塁3塁の場面で新井お兄ちゃんを
敬遠して満塁策をとり、あえて1打サヨナラの場面を提供してしまうのか、腑に落
ちない。ここまで投げてきた岩貞が同点にされると救援投手にかえる采配は、最
後まで任せきれず足が地についていない感じだ。
岩貞を8回、9回まで続投させた意味は何だの、と云ううことです。

鳥谷が連続打席安打で久々に復調した姿を見せてくれているが、、。
相手の山口投手に対いて、一度対戦して2安打1ホームランで相性がいいので
期待して観ている。
で、今夜の対De戦はどんな結末があるのか。

(←ブログ:2016・3・1 「トリが変わった」1301)
(      :2016・3・25 「143分の1試合」1325)
(      :2016・4・3  「飛んだⅤ打 桜が咲いた!」1334)
(            :2016・5・2  「寄居「京亭」とキャッチャー原口文仁」1363)
(      :2016・6・4 「鳥谷選手の自制心」1396)




クラス会の様相に         1419

夕暮れ歌舞伎町(2016・6・27影:Tab)
今日は月末の例会に出た。

アキさん&セツ、エミ、アイ、モリとエフ、、が出席。
アキさんを囲む会のようなものなので、彼は御茶ノ水の病院でリハビリ中の結果
診断を受けて後駆けつけて来る。
都心の端から無理しているところがあるが、元気な登場を見ると安心する。

「風の電話」を観て、みな注目していた。涙が流れたと、、。
アキさんとお寺の泥出しを終えて、佐々木さんの家を訪ねた日の話になる。

前にアイちゃんが紹介してくれた小説「あん」(ドリアン助川著)と映画をめぐって、
ハンセン病の話に及ぶ。
ぼくの幼おんな友達が岡山県瀬戸内の長島に在る愛生園の看護学校で研修した
が何の心配もなかったこと。
伝染力の極めて弱い病原菌による慢性の感染症であること。
接触しても感染することはない。
遺伝病ではない。

(ブログ:2016・5・31 「アキさん83歳か!」1391)

2016年6月26日日曜日

悠久の多胡の碑/記憶の深層4   1418

多胡の碑の堂&カブラギ川(影:Pen)
自家用車で旅するなどとんでもない昔、電車とバスを乗り継いで群馬から長野へ
旅したことがある。

多胡の碑を訪ねた最初のときは、上信電鉄の吉井駅下車して舗装道路から田圃
道を30分ぐらい歩いてたどり着いた。
近くには利根川水系の鏑川が寒々と流れていた。
国文学の研究課題として、多胡の入野、万葉恋歌の「多胡能、、」が刻まれた石
碑の実地検証でだった。
近年、上越からの帰りや、信州方面、軽井沢からの帰路あえて普通道を走って
みるが、碑のある場所の静かな佇まいは全く変わっていない。

(←ブログ:2016・2・22 「記憶の深層/東京で最初の川苔山登山」1293)
(←ブログ:2016・2・25 「犬吠碕へ/記憶の深層2」1297)
(←ブログ:2016・6・18 「関の五本松/記憶の深層3」1410)


サイパン島のグロット        1417

サイパン島のグロット(影:Cas)
ダイビングについて記した翌朝、村上龍のイメージを掻き立てる美しい文章に接
した。

マレーシアの首都クアラルンプールから、さらに高原に向かったところに、ジャン
グルに囲まれたフレイザーズ・ヒルというリゾート地がある。
村上龍はそこに滞在中、気晴らしにロッジ前をしばらく歩きジャングルに入って行
く小道があって、奥に歩を進めた。しだいに枝葉が頭上を蔽い、足元がおぼつか
ないほど暗くなり進退きわまる不安になっていたところで、ジャングルの円形の隙
間から差し込む光を見た。自由と希望と云う言葉を連想した、と。

この感動を、サイパン島のグロットという海底洞窟のダイビングで太平洋の外洋か
ら差し込む光のシャワーを見たときも、似たような感慨を持ったと思いだしている。

ぼくも、このグロットに挑戦するために重いエアタンクを背負い地上から数十メート
ル降りて地底岩場に立ったときの怖さと、ダイヴして体をひねりながらグロットを進
むと、ぽっかり空いた海中に自分の気泡と乱反射する光のシャワーの光景を見て
開放感に浸った。

(←ブログ:2016・6・23 「スキューバダイビングに魅せられて」1415)



2016年6月24日金曜日

ことしも三関からのさくらんぼ🍒    1416

(2016・6・24 影:Sm)
ここ数年秋田三関のさくらんぼを数人に贈っている。

このさくらんぼ産地、秋田湯沢の三関(みつせき)の果樹園地帯を流れる雄物川
沿いをMPVで走ったことがある。
この地が、かつて一緒に働いた同僚の故郷であることは当時知らず、定年後、
本格的に果樹園を始めて収穫物のご相伴にあずかってからのことです。

聞くところでは、低木化の研究が進み、さくらんぼの実は大人の目線から頭上に
かけてスズナリになるようです。
剪定が腕のみせどころなのでしょう。5年、10年、さらに先の枝ぶりをイメージす
ることがポイントになるのかな、、。
品種改良は年々進んでいるが、今回の物は「佐藤錦」だそうです。
新鮮、粒そろい、甘くて美味しい!

早朝三時起きで、完熟の最高な食べごろの実を一つ一つ傷をつけないで摘み、
芯を残した選定に神経を集中する姿に既視感があります。

(←ブログ:2015・6・19 「雄物川とさくらんぼ」1044)