2023年3月8日水曜日

理事会へ              3764

この会の理事会は、新宿大久保が定場所になってきた。

中央線大久保駅で下車(北口)して、大久保通りを歩きはじめると右側に「皆中
稲荷神社」あり。若い子がおみくじを引き笑顔している。300m程で山手線の新
大久保のガードを越え、少し行くと金龍寺でさらに進んで右路地の奥には「小泉
八雲記念公園があり、整備された庭に花が咲きほこる。
明治通りに出る少し手前に、大久保図書館と並んで今日の会議室地域センター。
それにしてもこの大久保通りの変貌ぶりには戸惑う。まず、中高大学生から若い
ビジネス風男女に、インバウンド観光の無国籍客がどっとカオス状に犇めいてい
る。年取ったんだなぁ―とため息が出る。
30年ばかり前に香港にビジネスで訪ねているが、当時すでに国際色豊かな街と市
井の熱力に接して自らの活力にした。だが今はパトスの源泉とはならない。

2023年3月7日火曜日

中野ブロードウェイの地下街を散策  3763


新宿大久保での理事会へ出席するす前に、少し時間的余裕をみて家を出たので
念願の中野ブロードウェイの地下街を散策した。

昼過ぎだったが、評判の「大門うどん」の店先には列ができており、厨房では
茹で上がったうどんを冷水でせわしく濯いでいた。その様子を見ながら、近い
うちに寄ってみたくなった。
さらに入り組んだ通路の両側をキョロキョロ見ながら歩いていたら、ジャンボ
ソフトクリームで話題のカウンターに行き当たったが、種類の選択とボリュー
ム感の注文に気おくれして次のチャンスにハルと一緒に挑戦することにした。
地下街のセンターにあたる付近に、漁港の魚市場の迫力を体現できるような粋
と活気のある鮮魚店があるのに驚いた。ブロードウェイの上階に住む多様な階
層の生活者の市場機能を果たしているように見えた。次の移動時間が気になり
中までゆっくり巡回できず残念。 

2023年3月5日日曜日

新コースで東京駅ゴールを目差す   3762

きょう彼は、晴天の下で四年ぶりの東京マラソンを完走❣

北海道も走り、大阪マラソンも完走して、久々の東京は4回目の完走で何を感
じたのだろう。
自然のなかを走る魅力にとりつかれたのは、日常のハードな仕事をこなす40
代半ばだったと思う。気分を滅入らせる事も、部下に厳しくする相手もいない
なかで42・195㌔を空想のなかで走る。
コロナ禍での中断などを経て、復活した多くの一般参加者と共鳴しながら東京
駅にゴールしたこと、祝! 

府中市のシンボル馬場大門のケヤキ  3761

馬場大門大ケヤキ('23・3・3影)
京王府中駅で下車すると、神社の参道にひと際存在感のある欅の古木を見上げ
てみる。大國魂神社の参道で、かつては両側に馬場があった。いまでは、高層
ビルの谷間に代を引き継ぎ並んでいる。

父の生誕地は「東京府北多摩群府中町57××番地」で、祖母は神社に向かう参
道の両側に並ぶケヤキの大木に親しみながら行き交っていたはずです。
そんな想いを描きながらしばしベンチに佇む。

2023年3月4日土曜日

島寿司で乾杯            3760


きょうは、2月に予定した府中での会席が大雪警報で延期になったがその代替
えでした。
この店を紹介してくれたのは、我が出版社の元編集長斎藤進さんが映画関係者
が長年やっている居酒屋ということでした。
ところがそのAさんが、学生時代からの友人で今はドキュメンタリー映画界で
活躍する北村皆雄さんと、高校が同窓だと知り奇遇だと思いました。
さらに、話しているうちにつ 

2023年3月2日木曜日

恒例の新聞販売平均部数が発表される 3759


日本ABC協会の新聞発行社レポート(2022年下半期)によると、全国
紙は前年同期比で大幅減になっている。
それにしても、朝日新聞が400万部を割り込んだのには目を疑った。

朝日新聞は約397万部、読売新聞約663万部、毎日新聞約185万部、日本経済
新聞約168万部、産経新聞約99万部となっている。

新聞は、情報の正確さや信頼性においてトップでありながら、衰退著しい。
僕は未来社や洋泉社で、宣伝広告の制作をになっていた時期がある。
当時は朝日新聞の平均部数を抜いて読売新聞が、900万部から1000万部突破
をめざし大号令を発して勢いのある時期でした。その当時の朝日新聞からする
と半減してしまったわけで、背景にニューメディアの急激な隆盛があると云え
厳しい。さて、どうする。

2023年3月1日水曜日

安部龍太郎「ふりさけ見れば」567回で完3758


「日経新聞」朝刊に掲載の「ふりさけ見れば」安部龍太郎(画/西のぼる)が
一年七ヶ月、567回の長期連載を2月末日にあわせるように完。
この小説の主人公は遣唐使として中国に渡った安倍仲麻呂と吉備真備で、その
二人の友情と真備の隠棲するまでの波乱万丈を俎上にした歴史小説である。

めったに新聞小説を読み切ることはないにもかかわらず、この小説に関心が向
いたのは、備中国の豪族出身でありながら、奈良時代実力で右大臣まで上り詰
めたのか知りたかったことと、序章と最後に出てくる真備は右大臣を辞し、77
歳で故郷に蟄居する場所が箭田(ヤタ)であることです。
ヤタは僕が中高の一部を過ごした柳井原の果樹園丘を越えた隣町です。(倉敷
市真備町)。