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| ’11・3(影:Gyo) |
大津波災害と福島原子力発電所大事故に見舞われた3・11から15年を迎えた。
その時、JR水道橋駅近くの珈琲館で身体の揺れと窓のカーテンがはためく情景
が激しくなるのを見て、とっさに外の道路に脱出した。この日の記憶から5480
日、長いようで短いスパーンに感じる。
きょうの14時46分には、わが家のベランダに出て手を合わせた。
TVはは終日、3・11の津波襲来と福島第一原発崩壊の映像と復興過程の人と事柄
を間断なく流していた。
そのなかの一つに、南三陸の被災者で、奥さん(当時47歳)を探し続ける潜水夫
の聞き取りに聞入った。自らダイビング免許を取得して、湾の藻屑と魚群の海中
を、潜水ライトを照らして750回に及ぶ必死の潜る姿(現69歳)は驚異でした。
すでにリアルな姿で発見できるはずもなく、何であっても形見になる物証を手に
したい一念でした。
15年経った今でも、2519人が未だ行方不明者として眠っている。

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