2022年12月31日土曜日
2022年12月30日金曜日
2022年 極私的/ワンポイント 3697
1月 Gyoとハル、信州へスキー。昨年、菅平のゲレンデで僕は足腰が極端に弱
り、二人について行かれず楽しみを削いだ手前、残念ながら初滑りのお呼
びかからず。スキューバダイビングもスキーも取り残され、年の寄るのを
感じさせられる。
2月 江夏豊氏インタビュー+語りをコーディネート。上出来!
2・24ロシア軍のウクライナへ全面侵攻開始に衝撃。
3月 父良太のサイパン島での正装写真が、背景の水箱(水タンク)から「教師
の家」前であることを確定。
4月 北海道知床沖観光船沈没の海難事故。
5月 Gyo&ハルに連れられて京都で「はも料理」&散策。三日目は阪神甲子園
球場でタイガース応援。
帰郷。母墓参と正宗の菩提寺墓参。
6月 井出彰5月死去につづいて、親友古谷雅道君急逝。豪徳寺での告別式参列。
7月 Gyo&ハル 富士山登頂御来光見る。僕は我家のベランダから眺めるだけ。
8月 原爆被災から77年。阪神タイガースのオリジナルTシャツプレゼントあり。
9月 息子の義母が歩行中、相手自動車不注意運転で事故に遭遇。生死に関係な
く一安心。
10月奥多摩路をMPVで紅葉ドライブ。
11月皆既月食&442年ぶり天王星食をベランダから見とどける。
「でん八」のアキさんこと松尾豊太さん鬼籍に。被災地で一緒に泥掻き。
12月気のおけない間柄の友人たちと久々に一泊懇親会。青梅亀の井ホテルにて。
2022年12月29日木曜日
’22出版業界/ZOOM 3696
気になった今年の出版業界ニュースをZOOMすると
11月 凸版印刷 古い手書き文字を自動解読(3648)
10月 丸善ジュンク堂書店 トーハン帳合に一本化(3631)
10月 八重洲ブックセンター本店が閉店('23年3月)する(3590)
5月 三省堂書店本店一時閉店に(3470)
1月 この厳しい情勢下で出版市場3%増だと!(3362)僕のなかでは、やはり三省堂書店神保町本店など書店の相次ぐ閉店の事かな。
本のメッカ東京神田神保町の中心営業してきた三省堂書店神保町本店がビル建
て替えのため5月に閉店。隣接地で仮営業。
TSUTAYA LALAガーデンつくばも10月に閉店している。
その背景は、建物の老朽化による取り壊しや、今後再出店をめざすなどにある
が、日本を代表する店舗閉店は衝撃的で、書店の悪戦苦闘を見るようだ。
2022年12月28日水曜日
或る会の恒例になっている近況&収穫 3695
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| 書影 |
Esさん:山スキーで上州武尊、富士山三ヵ所口に4回挑戦。
ゲレンデスキーではなく山スキーをやっているところがスゴイ。
僕は孫の滑降について行くことすら厳しく、足腰の限界を感じるようになっ
ている。
Ojさん:原朗『創作か 盗作か─<大東亜共栄圏>論をめぐって』(同時代
社・2020年)/原朗『学問と裁判』/渡邊春巳『反対尋問と事実認定2』
(花伝社・2020年)を読み込む。
学界における盗作・剽窃の問題を、学問と裁判の関係についての深刻な案件を、
その後十年ばかり経過した今頃知り及んで再追求している。
実は、原先生とOさんは若い頃から昵懇で、「原事件」を深刻に受け止めて
いるようだ。
ほか16人の会員が、この半年の読書歴から映画鑑賞、身辺雑記まで饒舌に語
っている。それぞれ皆さんの元気な近況レポートに大いに刺激された。
怒りをこめて振りかえれ 3694
病院の待合室での会話、、。
「自民党は完全におかしく変質した」
「これじゃあ戦前の挙国一致体制と同類だ」
「攻撃兵器をもてば使いたくなるのが軍隊」
「大半のマスコミが煽って後押ししている」
SNSで罵詈雑言を浴びせる若年層と、そう変わらない反応を聞く。
昨今、内にも外にも急激な崩れ方で啞然としている。
憲法解釈の専守防衛を辛うじありきと認めてきたものの、それを有無も言わせ
ず敵基地攻撃を容認した後、追い打ちをかけるように原発の新規建設や60年を
越す運転も許容する方針を事も安易に決めた。恐ろしい権力行使だ。
6・11で広範囲に放射能を拡散し、未だに多くのひとが故郷に帰れずにいる
と云うのにだ、、。
被災直後は、自然エネルギーの開発にシフトし、限界のなかで生きていく健全
な姿を求めていたはずだ。
2022年12月26日月曜日
渡辺京二死去の知らせ 3693
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| 書影 |
名著『逝きし世の面影』の続編ともいえる『黒船前夜』などの著作や、先に逝
った作家の石牟礼道子さんの執筆活動に半生をささげたことで知られる、日本
近代史家の渡辺京二さんが亡くなった。92歳でした。
わが洋泉社から渡辺さんの労作『黒船前夜-ロシア・アイヌ・日本の三国志』
(2010年2月刊・360頁)を出している。
本書は、編集者小川哲生の洋泉社における最後の仕事でした。
渡辺さんは、1962~1964年まで、確か「日本読書新聞」で編集者として活躍
しており、その後郷里熊本に帰ったはずです。
石牟礼さんは、熊本出身の劇作家木下順二や山本安英(当時未来社の応援団)
とも縁があった。
そして東京時代の書評紙編集者だった渡辺さんも出入りしていたことを知って
いる。
期せずして、井出彰、古谷雅道さんも、元日本読書新聞の編集者だった。
合掌。
2022年12月25日日曜日
’22 一年 追憶にふけるひと 2 3692
ことし鬼籍に入った身近な年上の縁者を想ってみる。
ごく身近な縁者であっても、年々歯がこぼれるように彼岸の方へ行ってしまう。
僕が幼少の頃は、祖母たちにして伝説の人として言われていた、いとこおいの
「克己みさん」がコロナ禍で逝ってしまった。
中国山地育ちの僕にとって、生粋の東京人であったことが未だ見ぬ憧れの縁者
であったことになる。上京して初対面してからは、同じ出版業界に在る者とし
て親身なつきあいでした。
最近、祖母のノートから分かったことだが、何かにつけ1、2万円の送金が記
帳されていた。そうした心付けに御礼も叶わず、別れてしまったことを悔やむ。
春になったら、八柱の墓苑に行き語ろうと思っている。
もう一人、義兄にあたる「用平さん」が、旧盆を迎える日に末期がんで亡くな
った。床に臥せたのは一ヶ月足らずで、肺炎でガンを発見するぐらい自覚は無
かったようです。
日暮里下町育ちで喋りが気っ風よく、几帳面なひとでもあった。
僕より目上の縁者は、みわたしてもいなくなってしまった。
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