2019年4月7日日曜日

入学式               2433


同じことを体験したはずでも、それが70年近く前と今日とでは、感動は同じ
でも全く違う想い出になるのが想像できる。

古いセピア色写真を見るにつけ、小学校時からの友人と二人のすえた爪入服姿
を校門脇で撮ったものと、この日のハルの集合写真や同級生との組み写真の華
やかさでもよくわかる。
いまは映像化して残るが、映像化されていない過去は僕の想い出のなかにしか
ない。

(←ブログ:2019-3-25 「卒業式」2420)

2019年4月6日土曜日

「松本昌次さんを語る会」へ出席   2432

松本さんが亡くなったのは、今年1月15日。
偲ぶ会やお別れ会が多いなかで、松本さんの意志を「継承」するという意味合
いから、「松本昌次さを語る会」としたようです。(呼びかけ人)

未來社編集(長)時代が30年に及び、引き続き1983年に影書房を創業し
ている。僕は未來社後半の19年間の勤務を一緒させてもらっている。
この会の出席者をながめると、未来社OBの顔ぶれが四人だけと意外と少なく
腑に落ちなかった。
石井、田浪、川上、鈴木(康)、鈴木(信)、松田(政)、西谷(雅)、清田
岩田さん(コロちゃん)らと話す。

最近、松本さんは自分の生の終わりを予感しつつ、「僕は最期まで”戦後〟で
いきます。」が信念になっていた。

(←ブログ:2019-1-17 「生涯編集者の死」2353)

2019年4月5日金曜日

東京と関西のジョイント同期会    2431

2019-4-5 影:ncan
友人の快気祝いもかねた恒例の同期会を、いつもの八重洲で催した。

前回、キミヤくんが大阪から馳せ参じてくれ華やいだ新年会になったが、その
時インフルエンザにかかり急きょ欠席になったノボちゃん。今日は元気に登場。

話題は、お互いに80歳近い年のせいか自分自身の健康問題や、お姉さんが亡
くなったとか周辺に生じた不幸な話などがふえてきた。
それぞれ住んでいる近場の桜情報のひれき、、。
雑司ヶ谷墓地から椿山荘・神田川、国立一橋大学通り、小平玉川沿い、羽村の
堰の三分咲き。

十数年、年に3、4回利用してくると店の女将や支配人とも懇意になり、出て
くる海鮮料理の品書きにもその都度バリエーションをつけて楽しませてくれる。
きょうは、旬の白エビ、大ぶりのホタルイカ、ホタテ、赤身のマグロ、ブリ、
サヨリ、サワラ、焼き蟹、、と、good!

二次会はお決まりコース、マイアアミで。
キミヤくんに同時写真をタブレットとケータイすると、関西でも花見真っ盛り
のにぎわいだった。

(←ブログ:2019-2-1 「キミヤくん 昨年に続き大阪からぶらり」2368)

2019年4月4日木曜日

忘れられない鯔が碕 記憶の深層㉗  2430

鯔が埼燈台と断崖(影:can's)
記憶の深層として記してきた時期は20代で、その折々に旅した場所と精神の
振幅を未だに忘却することなく感じられることである。

その原点となった様々な地の「風景」を、見て、記録し直し、再会する。
川苔山、犬吠埼、関の五本松、多胡碑、馬場下町、寂光院・三千院、猊鼻渓、
小諸城址、奥津峡、江の島岩屋、大徳寺・方丈庭園、吉井川源流、浪板海岸、
津軽ハネト、白骨温泉、片貝海岸、小瀬温泉白糸の滝、万治の石仏、渡月橋、
湯ヶ島「白壁荘」など。

ところがである、、記憶に残るインパクトのなかでも一、二に入る陸中海岸の
鯔が碕について書きこんでなかった。

(←ブログ:2012-2-12 「鯔が崎燈台のことなど」35)

2019年4月3日水曜日

未來社社屋解体と移転に思う     2429

表紙影
僕が出版業界に最初足を踏み入れた「未來社」は、文京区の伝通院裏に在った。
入社したのは1964年3月でしたが、そのときの旧社屋跡に新築したのが、
きょう移転のため解体された建物です。
地下一階、地上三階、鉄筋コンクリート造りでした。

最近送られてきた季刊「未来」によると、「62年間も社業を営んできたこの
小石川の土地を去って、世田谷(千歳船橋)の地へ移転することになった。」
とある。
厳しい出版業界にあって、測り知れない事情があるのでしょうが、OBとして
は淋しい。

この社屋、西谷学校19年間で学んだことは多々あった。
1968年10月を期して、従来の委託制から注文制への移行するにあたっての
研究会。
「ヒロシマ三部作」(中国新聞社編)で広島、岡山への営業三度笠旅。
大学生協との懇親研究会への関り。
人とのつながりも、出版社、書店、取次関係、そして、埴谷雄高、丸山真男、
宮本常一、松田政男、本多勝一、大牟田稔、山代巴、、、。

(←ブログ:2016・12・6 「西谷和歌子さん墓前に」1579)

2019年4月2日火曜日

桜始めて開く            2428

2019・4・2 影:ncan
きょうは、桜ばな愛でて54周年。

都心の桜情報は満開ながら、花冷えのするなか羽村の堰で見る桜は未だ五分咲
きでした。
昨年の今時期は、「中里介山と羽村堰・玉川上水めぐり」、散策企画の案内役
をしていたことを思い出す。
そのとき見た散りゆく桜も乙な風情があってよかものでした。玉川上水の豊か
な水をたたえた水面に落ちて流れていく「花筏」を、しばし眺めていた。

ゆうげは、桜鯛(マダイ)のカブト煮と桜餅で祝す。




2019年4月1日月曜日

久々の再会と三世代の祝宴      2427

2019・3・29 影:such
久々の再会、7年前3・11の被災地大船渡で一宿一飯のお世話になって以来
のこと。

彼女は、その後被災地を離れて新しい土地で心静かに余生を楽しむはずが大病
に襲われ、療養生活を余儀なくされていた。幸いに治癒力に恵まれ上京できる
までになったのである。
快気祝い、卒業・入学祝い、ダブル誕生祝い、そして感謝祭、一切合切軽井沢
ですることになったのである。

話題になったのは、まず災間についてで、いま復興は順調に進捗しているよう
に見えるが、津波災害はいつ襲ってくるか分からず、数百年先かも知れないが
明日かも知れない天災の歴史を鑑みると、嵩上げし10㍍の防潮堤を造ったとこ
ろで、到底元の住居跡へは怖くて帰れないという。
そして、三陸鉄道リアス線の復興開通で沸く大槌駅の歓喜にしても、違和感を
感じるようです。

終日、目いっぱい3年ぶりのスキーを楽しみ、宿に帰ると温泉にゆっくり浸か
り、自慢の和食を前にして、酒を飲み交わす至福の宴になった。
一日目は、ハルの卒業式一部始終を撮った映写会を催してくれる。
二日目は、カラオケでjポップ、ロック、昭和演歌を次々に入れて、マイクを回
し熱気ムンムンのあっという間の2時間。