2019年3月8日金曜日

高幡不動から通夜に参列       2402

小雨降るなか、立川から南武線で分倍河原乗り換えで京王線高幡不動駅へ。
高幡不動へはむかし紫陽花の咲くころ訪ねたことがあるが、数十年ぶりの参拝.

2019年3月6日水曜日

眼の不安から内科系検査へ      2401


きょう早朝から、出版健保へ。
先日の内科総合検診の報告を聞く。素晴らしい先生で、解りづらい専門用語に
ついては口頭だけでなく筆記してくれる。

動脈硬化に影響する→コレステロール~基準値、中性脂肪~
やや高め。
糖尿病の基準→尿酸~基準値未満、血糖~やや高め、NGSP~基準値
前立腺ガン→PSA~5.12やや高め
貧血→白血球、赤血球、ヘモグロビン~若干低い
尿検査→基準値内
他に、X線撮影、心電図検査もしたが異常認められず。
結論は、前回の検査と概ね変わったところなく、安堵させられた。

(←ブログ:2019・2・28 「緊急 慈恵医大眼科へ」2395)

竹ちゃんマン「日本縦断徒歩の旅」決行!2400

影:Pen
今日の知らせ(blog)だと、青春きっぷを利用して四国入り。
去る2月の出版本郷会出席の竹ちゃんから、5ヶ月、150日の「野宿」徒歩
旅に出かけると聞いていた。
だが、実行の段階になると楽しいだろうが、超厳しさを感じるよ。

東京から瀬戸大橋を渡っての13時間の列車移動。
もうすぐ、0時20分に高松駅に着くことになっている。
駅で仮眠して、いよいよ四国巡礼霊場の一番札所「霊山寺」に向かう、とある。
成功を祈る。

日本縦断ルート/旅の装備/歩き&野宿旅の費用/日本縦断の夢とジョギング
とウォ―キングについては、彼のブログで更新中。


2019年3月5日火曜日

湯ヶ島「白壁荘」と「夕鶴」記憶の深層㉖ 2399

伊豆湯ヶ島へは、東京発の準急で3時間弱で修善寺駅に着いた。
駅からバスに乗り継ぎ、湯ヶ島温泉、「白壁荘」へ。

部屋の名称は、木下順二の「民話劇」からいただいており、夕鶴とか三年寝太郎
など、夢のある旅荘の雰囲気がただよう。
当時としては珍しい25㍍プールが川沿いにあり、岩風呂に浸かっては、また泳
ぐくりかえし。
泳ぎが不得意な相方だったが、最初は手はまっすぐに、バタ足で泳いでいたが、
少しクロールみたくできるまでになって、15㍍泳げるようになった。大成功。
庭園の先に、富士山がくっきり浮かぶ姿を発見。

帰りは、浄蓮の滝による。

(←ブログ:2017・7・26 「高田南町・のぞき坂の頃 記憶の深層⑩」1813)
(←ブログ:2019・2・9 「渡月橋を渡って 記憶の深層㉔」2376)
(←ブログ:2019・2・20 「高田南町の頃と日無坂 記憶の深層㉕」2387)


2019年3月3日日曜日

追悼 伯父さんの死に想う      2398


1959年僕が上京する際に後押しをしてくれた、「車屋の伯父さん」が一昨日
亡くなった。またまた突然の訃報に接し、ただただ驚いています。

今年、例年近況をしたためて届く年賀が無かったので、気になっていた。
昨年の賀状では「~小生は月二回の病院通い」、とあったので、お見舞いがてら
同世代でもあった父のことを聞いておきたいと思っていた。叶わず残念です。

この伯父さんには、僕が1959年春に上京して以来、何かと相談にのってもら
ったり難儀させたこともある。
彼は、早大の学生時代に「建設者同盟」で活動していた時期があり、第一次メー
デー事件(血のメーデー)に連座したことがあった。
この事は、田舎の親戚一族にも伝わり、小学生であった自分にも訳のわからない
まま、社会をみる眼に強いインパクトを与えられた。
(建設者同盟は、1919年に早大を中心に結成された学生運動組織で、東京帝大の
新人会と並ぶ存在であった。)

2019年3月2日土曜日

新聞の読み方            2397

大概、新聞はフロント頁から最終頁(「日経」の場合40)まで、読み通す。
日刊紙は、「日本経済新聞」とスポーツ紙。それだけにとどまらず週刊誌・紙に
旬刊の出版関係業界誌にも目を通す。

フロントからと云う僕のスタイルは所要時間をくう。ところが、yuの日刊紙を
読む流儀は、関心の度合別に頁の前後関係なく読み、一日の内に二度、三度新聞
を開き読み切っている様子です。


さて今日の例をとるならば、先ずヘッドで二日間にわたった首都ハノイでの米朝
首脳会談で主要議題非核化を巡る合意を見送った、その深い溝を分析・解説。
コラム、「春秋」にも必ず目を通す、、、、、。

2019年3月1日金曜日

『言語にとって美とはなにか』読後感続2396

第2巻/書影
(続き→)
 作者は文学についての理論を巨匠のようにではなく、普遍的に語ろうとする。
普遍的に、、。それなのに、いや、であるからこそより孤立的な、ひとりよがり
ともいうべき文学についての理論となってしまっている。
 言語の成立から述べ始め、表出という新しいアイデアを案出したこの理論は、
言語の価値・言語表現の表出の価値・言語芸術の価値の三つを厳密に区別するこ
とを強調する。
 言語の価値とは自己表出と指示表出による。ここで作者はまず、文学作品を例
にとりあげ表出の流れを追う。ということは文学作品の他の要素をみずに言語の
価値のみで作品をみてゆく。
(ここで、僕の眼球に飛ぶ蜉蝣が頻出し文字うちができなくなったので中断。)
 次に言語価値をもった作品が、言語芸術の価値をもつ作品であるか否かをその 
構成で内容で形式でみてゆく。
だが、言語の価値と言語芸術の価値はなんらのつながりもないままに論は終わる。
 詩について、散文のついて、劇について、その構成の成立は十分わかったが、
構成は言語芸術に、言語の美にどんな関わり合いがあるのか。
 言語の美、言語について、の考察は、言語の価値、言語芸術の価値とは区別し
なければいけない。それのみにて終わっている。(阿詩馬)

(←ブログ:2019・2・27 「古い  二編の読後感」2393)