2018年10月7日日曜日

Honda S2000の魅力     2251

影:can's
Gyoの愛すべきホンダ「S2000」がわが駐車場に眠ること久しい。

乗らないのはそれなりの理由があって、このクルマを乗りこなせるのはGyoだけ
で、都心に住む夫婦はもう1台のファミリー車を日常的に使っているので2台の
駐車管理は出来ないと云うことらしい。

2シーターオープンスポーツのFR車は処分しないでカバーを掛けて眠り続けて
いるが、実は近い将来このクルマで走る或る夢があるらしい。
ところが、今回の度重なる暴風雨台風で車カバーは裂けて修理不能状態になって
しまった。きょう、自動車ショップに行って買い替えてきたが、これまで劣化も
含めるとキリがない。

高剛性イエローボディに搭載されたエンジンは、2L直4DOHC  VTEC。
最高出力は250馬力に達し、ミッションは6速Mtのみという、まさに、運転
しがいのある孤高を感じさせるクルマだ。
さて、ハルと一緒に同乗させてもらえるのはいつの日になるのか、、。
それまで管理をぬからずせっせとしてやろうと思う。



2018年10月6日土曜日

修ちゃんお別れ会へ         2250

アオガエルで親しまれた青蛙房の社主岡本修一さんのお別れの会へ参列しました。

岡本綺堂養嗣子で、青蛙房創立者の岡本経一の息子・修一さんの告別式があった。
先代、経一さんは、自身の記憶をたよるのみで、日記をつけることもしなかった
という。
修一さんの場合は、自分史的社史『忘れな本』を残しているので青蛙房の軌跡と
彼の生い立ちをたどることができる。

昭和30年(1955)に岡本経一によって起こされた青蛙房を、修一さんは平成2
年(1990)に引き継いだ。
出版傾向は、岡本綺堂の『半七捕物帳』をはじめ、その関係書籍を柱とする出版
社で、歌舞伎、狂言、落語、能書、浪曲、戯曲集から江戸の大衆芸能・民俗と幅
があるが、キーワードは「江戸物」と云っていいかも。
と云ううことで、参列者の多くは芸能関係者と出版仲間で旧知の顔でした。
さようなら。

2018年10月5日金曜日

船中寒露の会            2249

きょうは、恒例とする秋の倉敷船穂中の同期会があった。

いつもの東京在宅メンバーは凡そ元気なのだが、会のはじめに船穂にずっと住む
小野ケンジ君が先月27日に亡くなったという、報告がなされた。
この中学に転校したばかりのとき、名前の発声が自分と同じであったこともあり
最初に親しくなった友達でした。
その後、彼が岡山県庁の職員になってからも、東京から岡山へ出張の際などに、
声をかけて食事をしたものです。合掌。

きょうの寒露の会に集っている人たちは、お互いモノワスレスル程度のことはあ
るが健康を感じている。人間には多分、「完全な健康」なんてないと思う。
そしてこれからは、不調があちこちに出てきて一年ごとに老いていくであろう。
加齢自体が病状と云えるのかもしれない。

続けて、船穂町から山一つ隔てた、この度の台風被災地・真備町の状況報告で、
柳井原貯水湖が洪水配水川に改修されることなどが話題になる。

2018年10月4日木曜日

ヨコハマ/文明開化のプロムナード  2248

(2018・10・4 影:tab)
きょうは、早起きで横浜関内へ向かう。
八高線拝島駅経由~八王子~横浜線・根岸線で関内駅北口の集合場所にやっとの
思いで到着。所要時間2時間。

今回の遊歩のテーマは、「文明開化のヨコハマはじめて物語」で、初めて東京圏
内から外に出る。
幕末・開港開国、明治の始まりを150年さかのぼって、当時の息吹を感じさせ
る建造物や痕跡をたどりながら想像力をはたらかせヨコハマの魅力にふれるよい
機会となった。

コースは、600mずつ三辺のコの字に沿って歩き、最後は中華街で打ち上げ。
第一エリア;関門から馬車道を歩く
①吉田橋/関門⇛②馬車道/乗合馬車⇛③ガス灯⇛④あいすくりん(アイスクリー
ム)発祥の地⇛⑤写真師・下岡蓮杖顕彰碑⇛⑥横浜正金銀行(現・県立歴史博物館)
→(続く)

青いケシの世界 写真展へ       2247

ブータンの青いケシ(影:山下順子)
「青いケシの世界」写真展を見る。(新宿御苑アートギャラリーにて)

2009年に、『風の花  青いケシ紀行』を著している山下順子さんからの案内
でした。
前触れなく突然、会場に行ったところ山下さんが滞在しており、ガイドしてくれ
た。
青いケシは平地に生えるケシではなく、標高3000m以上の山岳地に咲くケシ
の花で、幻の花、憧れの花とされている。現在では、エジンバラ植物園を中心に
青いケシ園芸品種の研究が進み、世界中で栽培されるようになっている。

僕も、高山に近い環境を作った野生庭園(湯沢スキー場頂上付近)で、種子から
育てた貧弱な茎に咲いた「青いケシ」を見たことがある。
ところが、中国南西部からヒマラヤの4000m級の山岳地で、透きとおった青
色の花を荒ぶる太い茎に咲かせるケシ(学名をメコノプシス)の生命力に、目を
見張るしかない。

2018年10月2日火曜日

田舎では稲刈るころか        2246

大川の水に豊かさがなくなり、裏山から落ちる湧水にも勢いがなくなる頃、田圃
の水を抜いて黄金に実った稲刈り準備をする。水始涸れる。

ですが、今年は8月、9月に大型台風襲来に遭い、岡山と鳥取県境の源水から始
まる「吉井川」の増水により、涸れるどころか被害を被ってしまった。
山あいの集落だったので、小分けした田圃がほとんどでした。
昔のように、水が抜かれた見慣れた田んぼの風景は失われず見られるのだろうか。

わが家は農家ではないが、稲刈りの手伝いをしたこともあります。
祖母が、細長の小さな田んぼでもち米を収穫していたのを覚えている。
だから、正月の丸餅は自前のモノだったんだ。

稲を刈ったあとの茶色ぽい「苅田」で、陽が落ちるまで野球のまねごとをして遊
んだ。ボールが刈り株にあたりイレギュラーしたり、足を取られたりするのには
お構いなしに熱中したのが懐かしい。

国の言いなりにならない知事を    2245

沖縄の選挙は、米軍基地問題が絡むから左右両極の熾烈な選挙戦になる。

昨30日の沖縄知事選挙も、宜野湾市の米軍普天間基地の名護市辺野古への移設
問題が最大の争点となったが、亡くなった翁長雄志知事の遺志を継ぎ「絶対に新
基地をつくらせない」と訴えた玉城デニーが自民、公明、維新、希望推薦の候補
を制した。
台風24号本州縦断情報の陰に隠れて、県知事選挙の開票状況はヴィヴィッドで
なかったが、玉城デニーさんが当選確実になったときは、辺野古のみなさんの笑
顔がはじけた。

先に、辺見庸と語っていた目取真俊の辺野古の新基地建設に反対する日夜の直接
行動と、この選挙活動への生身のかかわりを知っている。
選挙は相対的なものだが、沖縄の米軍基地の固定化を、沖縄の経済振興と個人の
生活を豊かにすると称して大金でツルところの安倍政権・国家権力丸出しの露骨
さが透けて見え、危機感を抱いた結果だと思う。
相手に8万票の大差をつけての投票力は、やはり大変な「事」だと思う。

だが、この投票力も、「辺野古への米軍基地移設」する方針は変わらない、と強
調する者たちによって暴力装置(機動隊・海上保安庁)を使い基地建設はを強行
されるのは目に見えている。
あの青い海、サンゴ礁の破壊と移植を、軍事基地移設のために犠牲にしてはいけ
ない。