2017年1月7日土曜日

今年も七草粥を食べられた       1613

(2017・1・7 影:Tab)
今朝、七草がゆを食した。

春の七草にお餅を加えた、わが家の御祖母ちゃんから引き継いだ慣わしの朝食で
す。おせち料理を目いっぱい食べさせられて、そろそろと云ううときの御粥は新鮮で
食欲をそそる。

きょうは、M屋書店に出かけて、その後食料品売り場に寄った。弁当やおにぎりが
並ぶ平台にどんぶり風容器に「七草がゆ」とラベルシールが貼られているのを見か
けた。節句の季節になると「恵方巻」が山と積まれるが、そのハシリになりつつある
のだろうか。
また、新春に芽吹いた若葉の生命力に肖って、健康と豊饒を願う古来からの風習
は、大きく変化する現代社会のなかでも息づいていると云うことか、、。

セリは羽村の堰の支流(小川)で摘めるが、やはり祖母と生活していた幼少に田圃
の霜柱がたつ畔で採ってかえり、手渡したころを想いだす。

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2017年1月6日金曜日

「海よりもまだ深く」を観る      1612


昨年、是枝裕和監督の「海街diary」を観て、世代間の人生の機微こもごもを見
せるのが巧いのに感動した。

at「清瀬市旭が丘団地」とするこの映画は、監督自身が幼少時から暮らしていた
という団地が舞台になっている。
主人公(阿部寛)は、小説家として大成するのを夢追いながら、ギャンブル狂い
がやめられないダメな中年男。妻(真木よう子)とは離婚し、時として50年前から
の団地で気ままに暮らしを送る母親(樹木希林)を訪ねて、お金を無心するかと
思えば無理して小遣いを手渡す、優しさと辛辣さを込めて描き出す。

数日の出来事で紡がれる人間関係の表出ながら、中盤で主人公が小説の取材
と称して興信所に勤めるながら、離婚した妻と一人息子との関係を気をもんでフ
ォーカスするシーンなど笑える。

そして山場の舞台に。台風の一夜、母親(お祖母ちゃん)の住む狭い団地にそれ
ぞれが訪ねてくるところは泣かせるシーン。会話は次第に現在と将来に向き合う
ことになっていく。散り散りになっている「元家族」の行方や如何、、。

50年前に花形だった団地(加美平団地)を知っている。
いま、団地住まいの人たちの高齢化が進み人間関係も複雑になってきている。
象徴的映像として、天を突く巨大な給水塔やミニ公園の中のエベレスト山が淋し
く見えてしまう。でも、そこには未だドラマがあるようだ。

2017年1月5日木曜日

鈴村靖爾さんのこと          1611

書影・鈴村靖爾『生命のつぶやき』&鈴村和成『ランボー叙説』
鈴村靖爾さんが亡くなったことを知らされました。

柳田君の偲ぶ会で、久しぶりに奥方に会った時、体調を崩して療養中と聞きま
した。
いまとなって、彼女から「あのとき、ご辞退したのを今になって残念に思ってい
ます。」と言われていますが、親友であった故柳田君のこともあって生前に一度
は見舞いたかった。

鈴村靖爾さんと初めて会ったのは、東大を卒業したばかりの彼の弟・和成さん
の「ランボー論」の出版企画を、友人の故柳田君を介して持ち掛けられた際で
す。これを機会に、仲間の出版記念会やら、お祝いの会でよく会うようになっ
た。なかなかのカメラマンで、チョットしたスポット写真を撮るのがうまかった。
むかし、暗黒舞踏集団・大駱駝艦主宰、舞踏家麿赤児の映画を製作プロデュ
ースしていたが、頓挫しているはず。完成作を観てみたかったが、それも叶わ
ぬことになってしまった。

また、彼が70年代に翻訳した『タルコフスキー』、『ブレヒトの世界』は、関心を
持って読んだし、2000年代に入って数冊の英仏小説が刊行されるたびに贈
ってもらった。
彼岸でも、柳田と仲良くしてやってください。


2017年1月4日水曜日

消息あれこれと            1610

吉備津神社(1965・8 絵:yu)
毎年新年に旅先から届く賀状があるのに、今年は未だ落手できないでいる友人が
いる。
一昨年は津軽半島からで、一年前は東北から陸中まわりの途上からだったが、、。
抗がん剤の薬害で、体調を崩していることも聞いていたので心配だ。

旅をする人がいて、または、自宅近辺を自転車で徘徊を楽しむ友人がいる。
一度は出版界から足を洗って、伊那の山奥で田畑を耕す晴耕雨読を好みながら、
二年前に事情あって都心にプレーバックしている。
未だ編集者魂が擡げてくるのか、商店街の端に古書店を見かけては入って見る。
古い画集や展覧会目録を求めて自宅に持ち帰り観ていると、かつての編集者時代
の失った時間を取り戻したような安ど感がある、という。(A了)

さらには、写真付きで岡山吉備津宮。本殿の中にピラミッド状の神体山を胎蔵。
1425年の再建であるが寺院建築のような、天竺様・和洋の折衷は博覧強記の
重源をおもわせる、と附記。(A健)
僕も二度ばかり訪ねたことがあり、釜が印象的。




2017年1月3日火曜日

賀状アラカルト            1609

小学生のころから営々と年賀状の交流をしつづけているが、何なんだろうと思う
ことがある。

この歳になると、同世代から「年賀状を書くのが億劫になってきたため、今年で
打ち止めにしたいと思っています。(お互いに、、。)」というような、ニュアンス的
賀状をちらほら頂くようになりました。
確かに、儀礼的付き合いであったり、なりゆき虚礼はやめた方がいいと思うが、
長い交流のなかで、未だ元気でやっているかなと想ってみるのもおつなことだと
自分勝手にこの時期になって思う。

北海道から、東北から、琵琶湖に近い甲賀から、京都、大阪関西に多い旧友達
から、故郷岡山から、四国、九州、沖縄から、近況を一葉いっぱいに埋める人、
新情報を披瀝する人、会やイベントの予告をくれる人、年テーマを宣言する人、
読書する人、健康不良を訴える人、今シーズンの立ち位置を吠える猛虎ファン、
ブログ「大槌の風」応援歌あり、という具合です。

(健康の大切さと人の命の儚さを考えさせられる事も多くなりました)。


2017年1月2日月曜日

書初め                1608


久しぶりに途切れていたハルのお習字の座に着く。

新春の富士(2017・1 影:Tab)
彼の書道の先生らしきことをしていたが、ここ一年半ばかり遠ざかっていた。
事始めの今日、久しぶりに、宿題テーマの「美しい空」を墨筆すると云うので、
教える身として、まず正座して練習してみたが元の戻すのに手間取った。

左利きのハルを右利きに直すと云ううことではなく、右手に筆を持つことで書く
術が広がりを持つのではないかと、これまで挑戦させてきた。いまでは、自然
に両刀使いで何でも熟せているのでよかったと思っている。

二日恒例の箱根大学駅伝を観る。スタートして1区の選手が吐く息が白むこと
もなく、最終区の箱根の山登りの路面は凍り付かず、左右の山に雪を見ること
ない何十年もみない風景のなかでの淡々としたドラマだった。
往路三年連続一位青山学院大、2位に33秒差で早稲田が猛追した。


2017年1月1日日曜日

あけましておめでとうございます。   1607

(2017・1・元旦 影:Tab)
元旦の朝、ベランダから見る富士山は7合目辺りから上、真っ白な雪化粧。
比較的暖かい穏やかな新年です。

正午には、トマムスキー場で少し雪焼けしたハルが元気いっぱい新年の挨拶
にやってきた。
今年の抱負はとマイクを向けたところ、「今の位置をキープする」とハッキリ応
える成長具合に、昔の俺を重ねてみる。いろんな意味で、競争意識が芽生え
ているのだろう。

お雑煮と御屠蘇でテーブルを囲んだあと、少しふらつきながら公園でキャッチ
ボール、バッティングの相手をする。完全に左利きに固まったようで、打っても
投げてもスムーズになっている。
陽が落ちる頃、フジエベレストに新年初登頂。