2016年8月6日土曜日

誕生日ってなんだ,、、        1459


広島市に原子爆弾が投下され、21万人もの死者を出した日から71年目の夏を
むかえました。

8月6日は僕の誕生日です。
この日は、毎年、なにがしのイヴェントに当たることが多く騒がしい。
今年はリオ・オリンピック開催日になりましたが、通年だと甲子園・高校野球大会
開催日であったり、と云う具合です。
しかし自分のなかでは8・6「原爆の日」が、毎年、今日この日に覚醒されること
です。8時15分になると、家で、電車で、路上で自然と手を合わせ黙祷してきま
した。
最後の戦中5歳の夏、轟音につられて青い空を見上げると、大きな灰色の物体
(B-29)が、たしかに飛来するのを見た強烈な残像が残っている。

広島平和祈念資料館に一度だけ入場しているが、原爆の恐ろしさをつぶさに見
て、照りつける太陽の下でこの世の終末を思った。

(←ブログ:2012・8・8 「67年目の<原爆投下>」)
(←ブログ:2013・8・6 「ヒロシマ・原爆投下された日yu」)
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(←ブログ:2015・8・6 「8月6日は暑い夏の日」1090)

ハルと観る「シン・ゴジラ」        1458


先日、ハルが「シン・ゴジラ」を封切館で早朝に観て、「浜田さんが出ずっぱりだっ
たよ」との知らせと、あと何回か観るんだと声を弾ませていた。

そして今日、夏休みでわが家に来ていているハルは二度目の「ゴジラ映画」を観
に爺と行った。
と云うのも、親友の浜田晃が総務長官役で出演していることや、3・11東日本大
震災後の光景を彷彿させる映像を取り入れている様を観ておきたいと思った。

シリーズ第一作初代「ゴジラ」が公開されたのは1954年で、正体不明の巨大生
物が海から現れ、東京に上陸し建物は踏み倒され人々は逃げまどい、政治家は
右往左往する。
この戦後10年は、水爆実験や第5福竜丸事件に自衛隊発足の時代背景があっ
て、怪獣映画でありながらその時の空気を直感できた。

そして「シン・ゴジラ」もまた、さらに純化してひたすらゴジラ対応に追われる政治
家や役人(自衛隊も含めて)の姿が、今流に高度な分析や情報処理にスピード
対応できる人間と、間抜けな役立たず者を際立たせる滑稽さもある。
3・11で津波が鉄骨ビルや自動車をのみこみ陸を遡る脅威は体験したばかりで
その映像が目に焼き付いており、怪獣映画のなかに震災後の日本が映ると言わ
せてもらって、いいのかな。

ゴジラ映画は三代にわたって観たことになる。
「シン・ゴジラ」では破壊後に仮死状態?のゴジラのしっぽの先が微かに動いて
いた、とハルは言いう。そして、またヨミガエルと!


(←ブログ:2014・10・20 「洋泉社に寄る/ハルの読書感想」800)
(←    :2015・4・26  「ゴジラタワー!」990)
(←    :2015・4・29  「ゴジラ再び!」993)




2016年8月4日木曜日

人頭税石に遭遇して/記憶の断層   1457

宮古島の人頭税石(影:Pen/yu)
ダイビングの隙間をぬって宮古島歴史散歩。

いくつかの御獄の所在を知ったが、写真に撮らないで見るだけ。
ほかに、島の人たちと歴史民俗にかかわる話をしていると、人頭税と云う言葉
をよく耳にして気にしていたところ、実際に出くわした。
人頭石と同じ高さに背が伸びると課税されると伝えられた。

夜、街に繰り出した居酒屋で、ダイビングショップの地元の若い指導員と同席し
たとき、「人頭税」は「苦しかった」と自分が経験していないにもかかわらず伝言
するのは、親や祖父母のあじわった過酷な歴史が伝承されているからだと思っ
た。

人頭税は、薩摩藩の支配下にあった琉球王府が宮古、八重山諸島の民に課し
明治36年(1903)に廃止されるまで、なんと266年間厳しい生活を強いられ
たことになる。
人頭税の体験者から生の声を聞き取りしたり、人頭税廃止運動を組織し指導し
た中村十作(現上越市出身)の関連史料から論究した谷川健一の「北国の旅
人」がある。

(←ブログ:2016・7・30 「猛暑!スキューバダイビングの気分で、、」1452)
(←    :2016・8・1  「も少し宮古島のこと/記憶の断層」1453)




2016年8月3日水曜日

あいかわらずサポーターに助けられて  1456


きょうは、わがサポーターにPC操作の疑問点をご指導を乞う。

・検索できない字の検索方法を→[Ctrl]+[F10]~IMEパットがでる。
左クリック~書き文字で検索、と云う具合にメモしてくれる。
・Windows Live メール 2012アプリユーザーの切り替え手続きについて
・送信スミが出て~時間をおいて迷惑メール、未送信になるのは、、
・Subsyが出た場合(未送信)の対処は、、
・タイムラインに投稿した、とは、、
・facebookのチャットについて、、

限られたことでしか使いこなしていないが、アクセス方法を少しでも改善する
ことで検索・管理機能を効率化できるのでありがたい。

2016年8月2日火曜日

「サウルの息子」を観る        1455


カメラアングルが斬新で、何気なく聞こえる言葉や音響が不気味に迫ってくる。

1944年10月、アウシュビッツ強制収容所の二日間の記録。
ハンガリー人で時計職人であったサウルが、黙々と死体処理の清掃作業をして
いる背後(上着の背には朱色の×印)からの姿が映し出される。
クローズアップされるのはサウルの目の動きだけで、背景は霧がかかったよう
に不透明で音響だけがあるので不気味さが増幅する。

その死体のなかに息子(らしき子供)を見つけ、名乗って正式に埋葬したい願い
は叶うはずもない。
サウルはゾンダーコマンドといって、同僚をガス室に送り込む任務のユダヤ人、
数ヵ月働かされたあと抹殺される。

ラストシーンの脱走した途中、子供を土に埋葬しようとする場面と、逃げ込んだ
小屋の外に一瞬現れる子供の姿は、ホロコーストの暴虐残虐の極みを伝承す
る象徴なのか。
森に響く銃声と霧のなかにジエンド。

監督は、ハンガリーのネメシュ・ラースロー。

(←ブログ:2016・1・29 「『駆け込み女と駆出し男』を観る」1269)
(←    :2016・2・7  「『バンクーバーの朝日』を観る」1278)
(←    :2016・2・18 「『チャイルド44/森に消えた子供たち』1289)
(←    :2016・3・12 「『ブレイキング・バッド』を観ている」1312)
(←    :2016・5・8  「「あん」を観る/樹木希林と市原悦子」1369)
(←    :2016・5・22 「「海街Diary」を観る」1383)
(←    :2016・6・21 「ブリッジ・オブ・スパイ」を観る」1413)

2016年8月1日月曜日

多摩センターの変貌         1454

多摩センター駅前/MARUZEN(2016・8・1影:Tab)
多摩センターへは、モノレールが開通したとき立川駅から多摩センター駅間を空中
遊覧の気分で往復したことがある。

きょうは、仕事で多摩センター駅を出て、まず京王プラザホテルへ向かったが周辺
は高層ビルとレジャーセンタービルで目を見張るばかりだった。

中央大学多摩キャンパスが駿河台から移ったのが1970年代半ばで、多摩センタ
ー駅からスクールバスで行っていたように記憶している。
ほぼ40年前になるが、当時駅前は広々としていて建物も疎らだったと思う。聞きし
に勝る変わりようです。

1970年代の多摩センター周辺の新興住宅と団地族のコミュニティを鋭く風刺した
重松清の小説があったが、書名が思いだせない。

も少し宮古島のこと/記憶の断層   1453

宮古島平良港(影:pen)
沖縄本島から南西へ約300㌔に位置し、沖縄空港から40分くらいで宮古空港
に着く。

宮古島を中心に、池間島、来間島、伊良部島、大神島など大小八島の有人島か
ら構成されている。
宮古は、島全体が隆起サンゴでできているのが特徴で、山や川がなく平坦地。
そのため、土砂が海に流れ込まないので、海の透明度はバツグン。
マムシが生息していない。
水は貴重で、生活水は地下ダムでしのいでいる。

往復航空は、ANA全日空をつかう。宿泊ホテルは、アト―ルエメラルド。
ホテルの前に平良港が広がり、その先に伊良部島を眺望できる。

西平安名崎(影:Pen)
大潮の昼下がりだったが、海岸を歩いていると遠く向こうのリーフが干上がり、
珊瑚礁の匂いが運ばれてくると南の島を実感する。

(←ブログ:2016・7・30 「猛暑!スキューバダイビングの気分で、、」1452)