H 「近頃の若いものには覇気がない」と言うけれど、やはり、信じなければい
けないと思う。社会的地位が違ってきているわけで、われわれが生きてき
た時代は転換期だったんだよ。革命的インテリゲンチュアーなんてイヤらし
い言葉があった時代よ。
Y 私たちの時は既にそんな意識はなかった。確かに時代が違う、感度と云う
か。
F 「でん八」が梁山泊に、と云うが元気がすでにやつれ気味の雰囲気のなか
だった。60年安保の残滓組みと、10・21に始まる渦中組みと云うところかな。
H あァあ、Yちゃんは若いんだ!
アニキは真正右翼ですから。馬鹿な左翼的言辞を弄する奴は、パンパンパ
ンとやられてた。
S 家が火事になって、写真、日記類が全部焼けてしまった。日記に何処で何し
た、誰に会ったを細々つけていたが、「でん八」のことも記憶だけでは曖昧に
なっちゃった。
T 残念!
S Yさんとは、何度も合っているはずなのに接点がないんだよね。
私は、「キャット」や「ビザール」や「ミッキー」のジャズ系の店に行っていた。
O 「信濃屋」についても詳しいんだよ。
S 絵を描くタカちゃんがいてね、個展に行って絵を買ったことがある。
店が終わると「そのに」のカウンターでよく見かけたよ。
T 店は閉めたが、今は新宿三光町交差点の所に「富士そば」がある。
G アキちゃんと俺とタカちゃんの三人で新宿西口のホテルで会食したことがあ
るよ。アキちゃん記憶喪失になったみたい!
Y 「でん八」が「でん八」なる所以で語れるのは、いち、に、さんまでなのかな。
われわれの青春もこのなかにあったな~! 私の人生で、コアの一つだもん。
M 「わたしの青春を返せ」とも言っていたよ。
O 養子の会をつくったこともある。関根ちゃん、忠ちゃん、原君、みどりちゃん
等で。
T それは知らなかったな~。
G 出合は、銀座のスタンドバー「はぐるま」かな。
「銀パリ」で眠くなっているところに、工藤ベンさんに会ってシャンソンが好き
になったんだよね。そして忠さんを知ってその流れで「でん八」にくるようにな
った。催涙ガスが匂う「新宿騒乱」の時でね。
H 工藤ベンはベタ上手だったよ。G君はその時、すでに立派なサラリーマンだ
った。金を持ってるわけで、いろいろお世話になったよ
M 全部2階の店。アキさんが言っているようにアニキも「2階まで階段を上がる
のは固定客で、絶対に誘導する自信がある」と、信念を持っていた。
H Hと一緒に飲んでいると、2階ばかり連れて行かれる、と言われた。
Y 凄いね! 2階で商売するというのは、厳しさのなかに哲学がある。
兄弟はの客商売には天性のものを感じるよ。
M 親父は口下手だった。母親は巣鴨の戦犯を慰労したり社交的だったが。
F 御祖父ちゃん御祖母ちゃんの周辺まで辿ると大変な家系だね。
