![]() |
| 書影・2012・6・22刊 |
著者の東野真和さんには、5月12日に「おらが大槌復興食堂」で始めてお会いし
た。復興食堂は、町の人、外部からの来訪者の交流の拠点になっているようだ
った。
著者の東野さんは、3・11その時、朝日新聞東京本社の特別報道部(現)にい
た。地震発生から18日経って大槌町の取材に入ったようだ。巻頭でその経緯が
ヴィヴィットに叙述されている。
東京で報道映像を息を呑んで見つめながら、現地記者の危機一髪の生存者や
犠牲者の悲劇ばかりに焦点が当てられることに、未来志向はないのか と思い
ながら、大槌に入って解かった と。簡単に、前を向けなんて言えないことが。
息子夫婦たちも、3月26日にお祖母ちゃんと母親の安否がわかり、新花巻~釜
石経由で瓦礫、瓦礫の谷間を縫ってやっとのおもいで大槌へたどり着いたことが
昨日のように迫る。著者のおもいと重なる。
本書の構成は、序に始まって、震災の春、選挙の夏、復興の秋、仮設住宅で越
す冬、そして、これからの大槌町 で、閉じられている。
東野さんの、駐在者の眼には遠く及ばないが、僕も、春夏秋冬そして5月と足を
踏み入れて被災者の人達に接し、風景を焼きつけてきている。
最近では、とりあえず被災を見てみようと現場めぐりをした凡庸なドキュメンタリ
ストによる作品も出始めている。
本書は、事実そのものを取材し報道し続けることで、未だ見えない先に本質的な
ものが見えてくる との、著者の強い信念をうかがい知ることができる。
著者の最後の〆言葉より
大槌町で起きていることは、今までの日本で見たこともないことばかりだ。廃墟の
真ん中で、廃材だけ造ったカフェバーでライブを聴き、東ティモール産のコーヒー
を飲むことがあるだろうか。沖縄や北海道の職員が、三陸の仮設住宅に大勢住
みながら、町づくりをする姿を見たことがあるだろうか。伝えたいことはたくさんあ
る。私の興味津々の日々は続いている。




